愛川屋の系譜

愛川屋は高円寺の本店が有名だったが、かつては暖簾分けした店舗が東京各地に複数営業していた。今回は、愛川屋の歴史を振り返ってみたいと思う。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店

現在では大田区糀谷の愛川屋蒲鉾店と八王子市長房町の梅屋かまぼこ店を残すのみとなってしまったが、高円寺本店のこだわりは脈々と受け継がれている。

今回は東京都蒲鉾水産加工業協同組合(通称東蒲、今年3月に解散)が発行していた東蒲新聞の過去の記事を参考にしつつ、糀谷の愛川屋蒲鉾店の店主である宮下昭彦さんにお話をうかがった。

東京の蒲鉾業界に大きな影響を与えた高円寺の愛川屋

高円寺の愛川屋(閉業、杉並区高円寺南3-45-15)は昭和26年(1951年)に創業してから56年間、地元民を中心に多くの人々から愛されていた。

愛川屋本店(杉並区高円寺南3-45-15)があった高円寺パル商店街
愛川屋本店(杉並区高円寺南3-45-15)があった高円寺パル商店街

初代店主の太田要助さんは全国屈指の高い技術と強いこだわりを持ち、東京の蒲鉾業界に大きな影響を与えた人物だ。大正時代から70年間にわたって現場に立たれていた生粋の蒲鉾職人である。

小石川区氷川下町(現文京区千石2・3丁目、大塚3・4丁目)
愛川屋があった小石川区氷川下町(現在の文京区千石2・3丁目、大塚3・4丁目付近)。太田要助さんはここで修行した

要助さんは愛知県渥美郡の赤羽根で生まれ、漁業を営む家で育つ。小学校を卒業してから上京し、15歳で小石川区氷川下町(現在の文京区千石2・3丁目、大塚3・4丁目付近)にあった叔父の蒲鉾店、愛川屋で働きはじめる。寝る間もないほど忙しく、技術を目で盗みながら日夜研鑽を積み、18歳になる頃には一人前の蒲鉾職人になっていた。

揚げ蒲鉾だけでなく、板付蒲鉾や細工蒲鉾をつくる技術も持ち合わせており、その実力は高く評価され、後進の育成にも大きな影響を与えた。平成4年(1992年)にはフードマイスター(食品産業優良企業等表彰の技術功労部門)に選出されている。

平成7年(1995年)に逝去するまで、要助さんは生魚を使ったすり身にこだわり続けた。現在は長期保存ができて、不要部位の処理がいらない冷凍すり身が主流となっているが、昭和35年(1960年)に冷凍すり身が登場するまでは鮮魚を1尾ずつ捌いてすり身にしており、大変な手間と時間を要した。また、日によって手に入る魚が異なるため、それぞれの肉質を知って魚種の組み合わせや摺る順序、時間などを経験を通して学んでいく必要があった。労力は膨大だが、素材の魅力を余すことなく発揮でき、香りも味もよく仕上がる。

愛川屋蒲鉾店の包装デザイン
愛川屋蒲鉾店の包装デザイン

昭和26年(1951年)に高円寺のお店が開業すると、要助さんのもとに多くの職人が集まり修行に励んだ。要助さんは仕事に対して非常に厳しかったが、従業員や家族に分け隔てなく接する人格者であった。そんな彼を敬愛していた職人たちは、要助さんの信条を継承し、生魚のすり身にこだわり続けた。

2代目となる太田眞次さんは初代の類い稀な技能を継承し、揚げ蒲鉾が主流の東京においてグチ(イシモチ)を使った板付蒲鉾づくりに定評があった。先代と同じように魚河岸に通い続けて鮮魚を仕入れ、すり身にして揚げ蒲鉾をつくり続けたが、平成18年(2006年)に62歳の若さで亡くなってしまう。それが発端となり、翌年には高円寺本店を閉めることになった。

直系の歴史はこれで幕を閉じるかと思われたが、眞次さんが経営していた笹塚店を3代目が引き継ぐことになる。3代目は高円寺で3年ほど修行を積み、初代から蒲鉾づくりを直接学んでいた。笹塚店でも生魚にこだわり、地元客だけでなく高円寺の古参の客からも愛されていたが、築地市場の移転などが影響して平成30年(2018年)に閉業した。

各地にあった愛川屋の支店

高円寺で修行に励んだ職人たちも、暖簾分けによってそれぞれの愛川屋を経営していた。大岡山、阿佐谷、糀谷、八王子、川崎などに存在したが、現在は2軒を残すのみとなっている。

東京都杉並区阿佐谷南:阿佐谷パールセンター商店街
愛川屋の阿佐谷店(杉並区阿佐谷南1-35-16)があった阿佐谷パールセンター商店街

目黒区の大岡山にあった愛川屋(閉業、目黒区南3-9-13)は昭和45年(1970年)に創業したが、2代目に代替わりした直後に初代が健康を損ねてリタイアしたため、高円寺本店で蒲鉾づくりを教わったという。杉並区阿佐谷の愛川屋(閉業、杉並区阿佐谷南1-35-16)は阿佐谷パールセンター商店街で営業していたが、早くに閉業している。支店は東京だけでなく、川崎(閉業、神奈川県川崎市中原区苅宿96)にも存在したが、店主のご病気のため閉業した。

東京都八王子市長房町 長房新栄商店街:梅屋蒲鉾店

梅屋蒲鉾店は、初代店主が高円寺の愛川屋で修行していたという。「梅屋」という店名は店主の名字からとったものだと思われるが、看板にはしっかり「愛川屋支店」とある。また、支店だけに贈答用の包装紙も愛川屋と同じデザインだ。

店主はご子息に代替わりしているが、先代と変わらぬ味で常連客に好評のようだ。詳しくは「梅屋蒲鉾店のおでん種」という記事を参照いただきたい。

現在も生魚のすり身にこだわる糀谷の愛川屋蒲鉾店

大田区糀谷の愛川屋蒲鉾店は「愛川屋」の屋号を掲げる唯一のお店となった。昭和34年(1959年)に創業し、63年の歴史を持つ。

愛川屋蒲鉾店:店主の宮下昭彦さん

今回、お話をうかがったのは2代目店主の宮下昭彦さんだ。本格的にお店を継いだのは平成14年(2002年)だが、蒲鉾職人としては40年以上のキャリアがある。穏やかでやさしい表情が素敵な紳士だが、言葉の端々に職人のこだわりが垣間見える。昭彦さんと奥さま、お母さまの妹にあたる叔母さまの3人で営業されている。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店

昭彦さんのお父様にあたる初代店主、宮下昭二さんは昭和23年(1948年)に上京し、17歳から高円寺本店で11年修行していた。高円寺の初代店主である太田要助さんを「親父」、阿佐谷の店主を「兄貴」と呼ぶほど慕っていたが、昭彦さんによると「父は幼い頃から家族と一緒にいる時間があまりなかったので、師匠や兄弟子を家族のように感じていたのではないか」と教えてくれた。

昭二さんは高円寺の初代と同じ愛知県赤羽根の出身で、奥さまも同郷となる。愛川屋の関係者は赤羽根出身が多く、一同で集まると地元の話で盛り上がったという。要助さん亡き後も毎年30人から40人ほどが集っていたが、昭二さんは「それだけ親父が慕われていたのだろう」と東蒲新聞のインタビューに答えている。

高円寺本店と各支店は仕事面においても関係が深かった。当時、高円寺本店は大量の魚を購入しており、糀谷をはじめとする各支店はそこから安く魚を仕入れることができた。また、年末には皆が高円寺に集まって板付蒲鉾をつくり、各店に持ち帰って販売していたという。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店

当時は多種多様な鮮魚を扱うことができたという。高円寺本店からはグチ(イシモチ)や舌平目など西日本の魚が多く、仲買業者からはサンマ、アジ、タカベ、サヨリ、メバル、マゴチ、スズキなど、余った魚が大量に運ばれてきた。蒲鉾の高級原料となるナガヅカ(ワラヅカ)も手に入り、初代店主の昭二さんはナガヅカでなると巻をつくることもあったという。

昭二さんは200海里漁業水域が設定された昭和52年(1977年)頃、原料魚の安定確保を見越して大型の冷蔵庫をいち早く導入した。この冷蔵庫は今も店内で稼働中だが、昭彦さんによると「家にも同じ大きさのものがもう1台ある」と教えてくれた。昭二さんの先見の明には感心させられる。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店

昭二さんは高円寺の初代と同様に職人気質であり、さまざまな魚種を組み合わせて蒲鉾づくりに励んでいたという。以前は新鮮でとろっとした肉質のマグロを使ってはんぺんを作っていた。周囲からは「できるわけがない」と言われたが、ふわっとした上質のはんぺんを完成させ、まわりを驚かせたという。また、羽田の漁師から譲ってもらった東京湾のサメを使って魚すじをつくることもあった。

2代目の昭彦さんも負けず劣らず、さまざまな魚種を試し続けていたが、最近は価格高騰や仲買業者が減少したことによって原料魚の確保が難しくなっているという。以前はタラ1/2、クロマグロ1/4、グチもしくはナガヅカ1/4の配合で使用していたが、価格は3〜4倍に跳ね上がり、入荷量も少なくなっているため、最近は量を補うために冷凍すり身(イトヨリダイ)を加えるようになった。

商品のサイズや値段はほとんど変えていないため原材料の高騰は痛手だが、仕入れ先の確保のほうが影響が大きい。昭彦さんは「うちのような業種と取引する仲買業者は1軒だけになってしまったので、そこが廃業したら一緒に店を閉じざるを得ない」とおっしゃった。

魚本来の旨味を堪能できる、糀谷の愛川屋蒲鉾店の揚げ蒲鉾

原料魚の確保に苦しみつつも、糀谷の愛川屋蒲鉾店では生魚を使用したすり身にこだわっている。購入して実際に味わってみることにしよう。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店の揚げ蒲鉾

糀谷の愛川屋蒲鉾店では8種類の揚げ蒲鉾を購入した。時計回りに12時から、紅生姜、あさり天、えび入天、えだ豆天、なす、しそ巻、ぎょうざ巻、シュウマイ巻。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店の揚げ蒲鉾

魚のすり身の味を存分に楽しむため、おでんにせずにそのままいただくことにした。オーブントースターで軽く炙るとできたての香りや味わいが蘇る。

糀谷の愛川屋蒲鉾店は生魚のすり身を使用しているだけあり、上品で深みのある魚本来の旨味を堪能できる。店主の昭彦さんは「最近はなにかのエキスを加えたり、ふわふわの食感にするなど工夫するお店があるけど、魚の旨味がしっかりしていればそれだけで美味しいものだよ」とおっしゃっていた。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店 紅生姜

紅生姜は生姜の爽やかな香りと辛味が魚のすり身の味を際立てており、見事なバランスを保っている。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店 えだ豆天

えだ豆天は暑い季節にふさわしい品で、濃い豆の味と風味が素晴らしい。じっくり味わうとほのかな甘みが感じられる。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店 えび入天

えび入り天は海老と長ネギが混ぜ込んであり、萌黄と桜色の組み合わせがとても美しい。ふっくらとした海老の食感と旨味、魚のすり身の深い味わい、長ネギの芳香が一体となった上品で爽やかな逸品だ。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店 あさり天

あさり天はあさりと長ネギが入っている。あさり特有の磯の風味がふわっと口のなかにやさしく広がる。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店 しそ巻

しそ巻は大葉が魚のすり身にくるりと巻かれており、断面は「の」の字となっていて非常に美しい。大葉の爽やかな香りを楽しみながら、魚のすり身の深みのある味わいをじっくり楽しもう。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店 なす

なすは魚のすり身をナスで挟んだボリュームたっぷりの揚げ蒲鉾だ。じゅわっと油が染みたナスと上品な味わいのすり身が非常によく合い、それぞれの異なる食感の組み合わせも面白い。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店 ぎょうざ巻

ぎょうざ巻は食べやすいひと口サイズながら、餃子の餡がしっかり詰まっていて満足感がある。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店 シュウマイ巻

シュウマイ巻もひと口サイズながら、こちらも挽肉の餡がぎっしり詰まっている。そのまま食べても美味しいが、おでん汁などで温めてもいいだろう。

東京都大田区糀谷 糀谷商店街:愛川屋蒲鉾店の揚げ蒲鉾

高円寺本店の初代店主が蒲鉾職人となってから、一世紀が過ぎようとしている。時代の趨勢によって魚河岸や蒲鉾業界を取り巻く環境は大きく変化し、今後生魚のみを使ったすり身を味わうことは難しくなるだろう。連綿と受け継がれてきた職人たちの味が途絶えるのは非常に残念なことだが、味わった人の心のなかにはいつまでも残り続けるだろう。

愛川屋蒲鉾店の基本情報

愛川屋蒲鉾店
〒144-0047 東京都大田区萩中2-1-17
03-3742-0545
定休日:日曜
営業時間:10:00~19:00

梅屋蒲鉾店の基本情報

梅屋蒲鉾店
〒193-0824 東京都八王子市長房町551
042-661-7317
定休日:日曜
営業時間:9:00~19:00
梅屋蒲鉾店のWebサイト

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