1990年代に秋葉原名物として有名になったおでん缶は、ご当地おでんや防災向けなど幅広く展開されるメジャーな存在となった。今回はおでん缶の元祖となる天狗缶詰のこてんぐおでん缶について紹介する。
天狗缶詰は愛知県名古屋市の缶詰やレトルト食品の製造メーカーだが、秋葉原のおでん缶は東京のおでん文化を語るうえで重要な存在であるといえる。今回はおでん種専門店を離れて(最近は別の話題ばかりだが…)、その一端を探ってみよう。
おでん缶の聖地、チチブ電機ビル
東京都千代田区にある秋葉原電気街。「世界有数の電気街」として名を馳せたが、現在はアニメや漫画といったサブカルチャーの聖地「アキバ」として魅力を発信し続けている。
駅周辺は2000年代から再開発されてすっきりとしたが、少し離れれば賑やかさは健在だ。電器店や電子部品店、萌文化のお店がひしめいており、歩くだけででわくわくする。最近は新型コロナウイルスの影響で空きテナントが多くなったが、いまだに魅力は陰りを見せていない。ちなみに、町名としての秋葉原は秋葉原練塀公園のある限られた地域のみで、電気街あたりは外神田となっている。
おでん缶を一躍有名にしたチチブデンキがあったチチブ電機ビルは、中央通りから神田明神通りを西に進んだ先にある。冬場に売上が落ちる自動販売機の打開策として、1990年初頭にチチブデンキが天狗缶詰のおでん缶を導入したそうだ。
現在では考えられないが、当時の秋葉原は飲食店が少なかったため買い物客に歓迎された。パソコンブームだった平成7年(1995年)以降に売上を伸ばし、TVでも取り上げられ「秋葉原の名物」として知名度を獲得する。
おでん缶を製造している天狗缶詰によると「2005年に放送されたドラマ『電車男』に登場すると、世間のアキバブームとともに一気に大ブレイク」したという。最盛期にはチチブ電機ビルだけで月に6万缶を販売、年間売上が1億円に達するほどだった。筆者もこの時代に秋葉原を頻繁に訪れていたため、路上で味わう人々の姿をよく目にしていたのを覚えている。
チチブデンキは平成27年(2015年)に秋葉原から撤退してしまったが、おでん缶は現在でもビルの脇で販売を続け「おでん缶の聖地」として親しまれている。
おでん缶の正しい食べ方は、蓋を開けてからおでん汁を少し味わったあと、こんにゃくに刺さった串をフォークがわりにしておでん種をいただく。無駄のない見事な設計だ。食べ終わったら串は缶と一緒に捨てず、持ち帰って分別して処分しよう。
おでん缶の自販機がある秋葉原スポット
おでん缶は秋葉原各地の独立系自動販売機で販売されるようになって久しいが、ここではチチブ電機ビル以外の特徴的なスポットを2つほど紹介しておこう。
まずは万世橋のすぐそば、中央本線の高架下にある肉の万世ラジオガァデン直売所。ラジオガァデンは電子部品店が多数入居していたが、現在は肉の万世の直売所がメインで営業している。
平成30年(2018年)に閉業した日米無線電機商会のエリアには自販機が並び、秋葉原のもうひとつの名物である「万かつサンド」を販売している。最近、その自販機にもおでん缶が加わることになった。自販機の脇には立ちテーブルが設置してあるので、その場でゆっくり味わうことができる。
万かつサンドは秘伝の濃厚ソースがついたロースかつが肉厚で、このうえなく美味しい。自販機でいつでも食べられるのは嬉しいかぎりだ。おでん缶とともにぜひ味わってみてほしい。
もうひとつのスポットは、肉の万世の秋葉原本店の隣りにある自販機スポット。柳森神社周辺まで足を伸ばす人々にはかなり有名な場所だ。こちらは多くの自販機が集まっているが、ヘラクレスオオカブトの模型や怪文書とお菓子のセットなど不思議な商品を販売している。けっこうディープなので、訪れるときは心の準備をしていこう。なお、こちらで販売しているおでん缶は少々割高となっている。
秋葉原のおでん缶、こてんぐおでん缶を味わう
秋葉原でおでん缶を購入して自宅に戻り、さっそく味わってみることにした。
天狗缶詰のおでん缶は昭和60年(1985年)に生まれた初代から数え、現在は6代目となっている。大手飲料メーカーの依頼で開発をはじめ、酒屋の角打ちのおつまみ用に販路を開拓したり、東京の職域販売業者と提携して独身寮や工場の自販機におでん缶を納入するなどしていた。その後に秋葉原でブームとなり、世間に認知されたそうだ。
通常版は2つのおでん缶が存在する。6種類のおでん種のほかに、牛すじを加えたもの(牛すじ大根)、がんもどきを加えたもの(がんも大根)となっている。なお、防災用の「牛すじ長期保存」という商品もあり、製造後から5年半の保存が可能だ。
牛すじ大根に使用しているのはオーストラリア産の牛肉だ。赤身が多く煮込み料理に適しており、おでん汁も牛すじ用に甘めに味付けされている。ほかのおでん種はこんにゃく、大根、うずら卵、ちくわ、さつまあげとなっており、小ぶりだが汁がしっかりと染みていて美味しい。小腹を満たすだけでなく、バラエティ豊かなおでん種を楽しめるのも嬉しいところ。
がんも大根は、牛すじをがんもどきに替えたバージョンだ。牛すじが入っていないぶん、おでん汁の昆布と鰹出汁のうまみが素直に感じられる。
冬の寒空のなか友人と秋葉原のショップを巡りながら、おでん缶で身体をあたためる。手軽でありながらもしっかり美味しいおでん缶は、江戸時代の立ち食い蕎麦のような庶民的な食文化を生み出している。
阿部善商店の塩竈おでん缶のように全国にもブームが広がっているが、今後どのように発展するのか楽しみだ。
チチブ電機ビルの基本情報
チチブ電機ビル(おでん缶自動販売機)
〒101-0021 東京都千代田区外神田3-12-15
ラジオガァデンの基本情報
ラジオガァデン
〒101-0041 東京都千代田区神田須田町1-25