今回は日本橋弁松総本店のお弁当とつと麩(つとぶ)を紹介しよう。つと麩は東京ローカルの食べ物であり、ちくわぶの由来のひとつとされる。
弁松といえば日本に残る最古の弁当屋として有名だ。170年以上経った今でもペリーが来航したころの江戸の味を守り続けている。濃い、甘辛い、といわれる味付けに、江戸時代の味、ひいては在りし日のおでんの味を想像してみるのも一興だ。
ペリー来航の頃からの味を守り続ける日本橋弁松総本店
日本の起点となる東京都中央区日本橋。ここには江戸時代から続く老舗が数多くある。おでんでいえば、元禄元年(1688年)創業のはんぺん専門店である神茂、大正12年(1923年)創業の日本橋お多幸、乾物屋にいたっては数軒が100年単位の歴史がある。
弁当専門店の弁松総本店も170年以上の歴史がある。創業は嘉永3年(1850年)、ペリーを乗せた黒船来航(1853年)の時代だ。創業者の樋口与一は日本橋の魚河岸で食事処を経営していたが、時間のない魚河岸の人々に残った料理を持ち帰らせていたところ好評を博し、弁当専門店となった。
弁松の本店は神茂と同じあじさい通り沿いにある。こちらでお弁当を購入できるが、基本的には予約のみとなる。手軽に購入するなら百貨店に出向くといいだろう。日本橋であれば、日本橋三越本店か高島屋日本橋店で手に入れることができる。
ディスプレイを覗くと弁松のお弁当に入っているメカジキの角(上顎、吻)が展示してあった。店内には先代の日本橋からつくられた大黒様やテレビ東京「開運!なんでも鑑定団」出演時のフリップが飾られていたりと、見どころがたくさんある。なお、平日には本店で玉子焼の切り落としを販売している(土日祝日は日本橋三越本店で販売)。
本店から日本橋三越本店へ向かい、定番の「並六」とつと麩を購入した。お弁当はもちろん、お弁当に入っているお惣菜も個別に購入できる。百貨店でありながら店員の方たちは気さくで親しみやすく、挨拶がわりにお惣菜を買っていく常連客も多かった。
弁松のお弁当は白米と赤飯を選ぶことができる。また、たこ飯バージョンも存在し、日本橋三越本店のほか、銀座三越、伊勢丹新宿店、大丸東京店、日本橋高島屋、西武池袋本店で手に入る。
弁松は折箱にもこだわっている。北海道のエゾ松を原料としながら、最近では海外のマツ科の木材も使用しているという。通気性に優れており、殺菌効果があり、さらには手触りやふんわりと漂う木の香りが心地よい。
まずは、単品で購入したつと麩を味わっていこう。つと麩は東京の生麩として江戸時代から親しまれており、弁松のほか、令和2年(2020年)に閉業した木挽町辨松の折詰弁当に入っていた甘煮が有名だ。つと麩の「つと」は「苞」と書き、これは「包む」と同語源になる。ちくわぶ料理研究家の丸山晶代さんの著書「ちくわぶの世界」によると、ちくわぶ発祥の候補のひとつだといわれている。
とろりとした食感が魅力だが、東京で製造しているところは少ない。台東区台東2丁目にある大原本店と築地の角山本店で製造している。なお、弁松のつと麩は角山本店から仕入れているそうだ。
おでんにするととろとろの食感とフレッシュな味わいを楽しめる。味を染み込ませたい場合は、煮る前に油で素揚げにするといい。
弁松のつと麩は甘辛の味がしっかり染み込んでいて、ごはんに非常によく合う。どこか懐かしい味わいだが、上品さも兼ね備えている。
並六に入っているほかの具も味わってみよう。弁松ではたくさんの種類のお弁当と料理を取り揃えているが、並六でも弁松の魅力をじゅうぶんに楽しめる。
野菜の甘煮はしっかりと味が染みており、甘辛い味付けは弁松らしさを存分に堪能できる。甘煮は「うまに」と読むが、まさに「甘いは美味い」といえよう。江戸時代において「日持ちさせるために味を濃くした」とか「砂糖が高価だったので見栄を張ってたくさん入れた」などといわれているようだが、職人の熟練の技によって紡がれてきた味は、単純に「濃い、甘辛い」だけでは表現しきれない奥深さを感じとれる。
めかじきの照焼は100キロ以上の個体を仕入れているため、脂が乗り、身の締まったふくよかな味わいを楽しめる。職人による味付けも素晴らしく、芸術品のような仕上がりとなっている。
蒲鉾は最近お弁当で見かけることが少なくなったが、以前は必須の具材だった。長い歴史のある弁松のお弁当に入っているのは、練り物好きとしては嬉しいところだ。小田原の蒲鉾のように足(弾力)が強く、噛むごとにじわじわとうまみがにじみ出る。
玉子焼は機械を使わず、販売するその日に1本ずつ手焼きで作っているそうだ。出汁がしっかりと効いていながらも、玉子本来のふんわりとした甘みを残している。
豆きんとんは「まめに働いて財を成す」という意味があるそうだ。弁松のお弁当ではスイーツ的な立ち位置となっているが、甘いだけでなく、豆のふっくらとした豊かな味わいを堪能できる。
生姜の辛煮は生姜と昆布を辛く煮つめた佃煮のような一品だ。甘い味付けの多い弁松の料理のなかでアクセントとなり、口の中をさっぱりとしてくれる。個人的にはお茶漬けにしても美味しいのではないかと思った。
古い文献にはかつての料理のレシピが掲載されていることがあるが、実際にどのような味だったのかを直接味わうことはできない。日本橋弁松総本店のお弁当は歴代の職人たちが170年以上前の味を守り続けたタイムカプセルのような貴重な存在だ。実際に自身の舌で味わいながら、おでんを含めた江戸時代の料理がどのようなものだったか想像を膨らませてみるのも面白いかもしれない。
日本橋弁松総本店の基本情報
日本橋弁松総本店
〒103-0022 東京都中央区日本橋室町1-10-7
03-3279-2361
定休日:年始
店頭営業時間:平日9:30~15:00、土・日・祝日9:30~12:30
日本橋弁松総本店のウェブサイト、X(旧Twitter)、Instagram