埼玉県の与野駅西口にある増田ヤ(与野)は、昭和52年創業のおでん種専門店だ。店内には50種類以上のおでん種が並んでおり、沿線各地から訪れる多くのお客さんで賑わっている。
埼玉県には東京のおでん種専門店に深くかかわるお店が古くから存在するが、今回紹介する増田ヤ(与野)もそのひとつだ。増田ヤは葛飾区立石の増田屋から暖簾分けした浦和店と関係が深い。
埼玉県の与野駅にあるおでん種専門店、増田ヤ(与野)
JR赤羽駅から京浜東北線の各駅停車で約20分、与野駅は浦和駅と大宮駅の間に位置する。増田ヤ(与野)のある西口は1990年代から再開発が行われ、タワーマンションが林立するエリアだ。
ホームセンターやショッピングモールがあるさいたま新都心駅や大宮駅からも近く、若い世帯も増えているという。閑静な住宅街が広がり、周辺には広い公園も多いので住むにはもってこいの場所だ。
増田ヤ(与野)は与野駅西口のロータリーを抜けてすぐの場所にある。おでん種専門店とは思えない西洋風な外観をしているが、昭和52年に創業なので44年の歴史があり、それ以前は乾物屋だった。長年与野の別の場所で営業を続けていたが、移転し建て替えを行ったそうだ。
店内はお客さんが3人入ればいっぱいになるくらいの広さだが、おでん種の種類は豊富だ。正面には揚げ蒲鉾、左側には揚げ蒲鉾以外のおでん種がぎっしり陳列されている。おでん好きにはたまらない楽園のようなお店だ。
おでん種は浦和の増田屋(閉業、埼玉県さいたま市浦和区高砂2-12-5)と同じくボウルとトングを使って自分でピックアップする方式をとっている。東京では八王子の小田原屋もこの方式だが、好みのものを自分で選べる楽しさがある。
購入したいおでん種をすべてボウルに入れたら、入口の右手にあるレジで会計する。500円ごとにスタンプ1個を押してくれるポイントカードは、10個集まると1割引になるため非常にお得だ。接客は非常に丁寧で、購入後は奥の工場(こうば)からも「ありがとうございます」と元気に声をかけてくれる。
揚げ蒲鉾だけで30種類以上、おでん種が豊富な増田ヤ(与野)
大宮(閉業、さいたま市大宮区大門町2-117)や浦和の増田屋が相次いで閉業したため、最近はそちらからのお客さんも集まっているという。さらに新型コロナウイルスの影響による巣ごもり需要で混み合うことも多いが、奥の工場で次々と揚げたてのおでん種が追加される。
揚げ蒲鉾は店頭に並んでいるだけで30種類以上にのぼる。このほかにもまだまだ種類はあるそうだ。初代店主はさまざまな料理店におもむいては、商品のアイデアを練ったという。たとえば、タコボールはパン屋さん、生のり入りはイタリア料理店、唐辛子みそ(豆板醤)は釣り仲間の韓国料理の親方と話しているうちに生まれた。しかし、定番商品として残るのは開発した10個や20個のうち1商品程度という。
揚げ蒲鉾以外のおでん種も20種類以上ある。がんもや生揚などの豆腐類、合鴨だんご、鶏つくね、牛すじなどの肉製品など、都内のおでん種専門店でもこれほど種類が豊富なお店は少ない。丸はんぺんと1枚売りの上スジは千葉県野田市にある蒲鉾の八木橋から仕入れている。
こんにゃく類は浦和にある高松屋の製品が揃う。はんぺんは銚子にある嘉平屋の菊水、焼きちくわは青森の丸石沼田商店のものだ。また、板付蒲鉾や伊達巻も揃えている。
ちくわぶファンには嬉しい、通称「ハダカ」と呼ばれる生のちくわぶもある。パックのものよりも柔らかく、おでん汁も染み込みやすい。大根は下ゆでしてあるので、そのままおでん鍋に加えればすぐにしみしみのものを楽しめる。
おでん種の値札にはシールが貼ってあり、使われている原料がわかるようになっている。アレルギーのある子どもたちも安心して食べられることだろう。なお、揚げ蒲鉾の練り物には、一部を除いて卵白を使用していない。
おでん汁は定番のチヨダと正田醤油が揃う。からしもS&Bだけでなく、チヨダの洋からしも販売している。粉末のからしをぬるま湯に溶いて使用するが、風味や香りがチューブのものに比べて段違いなのでぜひ試してみてほしい。詳しくは「手軽に利用できるおでん汁の素」と「おでんのからしの美味しい食べ方」の記事を参照していただきたい。
おでん種を選ぶのに迷ったら、調理済みのおでんセットを選んでもいい。大根、玉子、昆布などの定番の種がすべて揃っているので、プラスアルファで興味のある揚げ蒲鉾を足すといいだろう。
乾物屋からおでん種専門店へ、増田ヤ(与野)の歴史
増田ヤ(与野)は2022年で45周年を迎えるが、乾物屋としての営業も長い。おでん種専門店となった現在でも本格的な出汁関連の製品が揃っている。
乾物屋時代のものと思われる趣のある棚には荒削りの宗田鰹やさば節、羅臼昆布などが並んでいる。三河みりんや醤油もあり、これらを利用したおでんの作り方も店内に紹介されている。宗田鰹や鯖を使用するので、出来合いの商品では味わえない複雑なうま味を楽しめるのではないかと思う。また、北海道釧路の昆布森のさおまえ昆布もあるので、自身で結び昆布を作ることもできる。もちろん、水に戻して結んだ商品も揃えている。
レジの上には増田ヤ(与野)の歴史を刻んだ古い写真が並んでいる。昭和24年(1949年)頃の喜久屋食料品店、昭和26年(1951年)頃の大越食料品店など当時の雰囲気がよくわかる。昭和38年(1963年)頃の写真には「おでん種」の文字が確認できるが、当時は浦和の増田屋から仕入れて販売していたそうだ。
「増田屋の系譜」の記事で紹介した増田屋蒲鉾店の系譜図には増田ヤ(与野)は記載されていないが、これは増田ヤが系譜図を作成した増田屋会に属していなかったためだ。初代店主のお母さまは浦和の増田屋の先代店主と兄弟姉妹の関係で、葛飾区立石の増田屋も親戚筋にあたる。お母さまは浦和のお店が開業する際に立石にすり身を譲ってもらい、一斗缶を背負って運んだこともあるという。
増田ヤ(与野)は埼玉県の増田屋のなかでは最後発で、大宮や浦和のほかに上福岡(閉業、ふじみ野市上福岡1-11-2)や新座の2軒(閉業、新座市野火止20、新座市大和田1866)、豊春(閉業、春日部市上蛭田130)、七里(閉業、さいたま市大谷町1778)、戸田、川口、越谷や岩槻にも存在したそうだ。
お母さまはしばらく乾物屋を経営していたが、初代が高校卒業後に浦和店に修行に行き、5年後の昭和52年(1977年)に店名を「増田ヤ」にあらためて与野のお店で揚げ蒲鉾を生産するようになった。
良質な原料魚と油を使い、新旧どちらの客層も満足する蒲鉾づくりを目指す
増田ヤ(与野)では、すり身の原料に良質な魚を使用している。スケソウダラは国産のものにこだわり、小田原かまぼこで使われる高級魚のグチをはじめ、ハモ、イトヨリダイ、キントキダイやタチウオなど、季節によって配合を変えている。初代いわく「自分は5年の修行期間しかなかったため、安物でもいいものをつくる技量がなかった」からだと謙遜していた。
良質な原料魚は腰がありながら柔らかく、味も簡単にのる。また、油もキャノーラ油とパーム油をブレンドした良質なフライオイルを使用しているため、風味よくからりと揚がる。最近では原料魚の価格高騰が続くため確保が難しくなっているが、これら原料へのこだわりは昨年お店を継いだ2代目店主に引き継がれている。
2代目店主である大越博之さんは会社員だったが平成18年(2006年)から蒲鉾づくりに専念し、職人歴は15年になる。お父さまである初代の仕事は小さな頃から見ており、調理師の免許も持っている。初代とはときおり喧嘩はするものの、アドバイスを受けながら日々2人で蒲鉾づくりに励んでいる。
客層は高齢の方が多いが、マンションが増えていることから若い世帯も増えつつあるそうだ。2代目は次世代を担う子どもたちに安心して食べてもらいたい一心で、アレルギーへの配慮に力を注いでいる。
それぞれの個性が光る増田ヤ(与野)のおでん種
増田ヤ(与野)は興味深いお話ばかりだったのでつい長居してしまった。増田ヤで購入したのは15種類だが、魅力的なおでん種ばかりだったので選ぶのに苦労してしまった。
時計回りに12時から、大葉、いか天、唐辛子みそ、ほたて丸、しいたけ丸、いわしつみれ、しゅうまい巻、タコボール、おもち巻、ウインナー、利休揚、ロールキャベツ(中央上左)、ふくろづめ(中央上右)、上スジ(中央下右)、えびつみれ。
増田ヤ(与野)の揚げ蒲鉾は浅めの色に揚げられていて非常に美しい。初代店主がつくりはじめた頃からずっと変わっていないが、すり身の弾力は以前に比べてふんわりもちっとしているという。味は種類によって甘みなどを変化させている。
レシートには商品名が書いてあるので、なにを買ったかが一目瞭然だ。ちなみに、前述の商品名とレシートの名称は異なるが、今回は店頭の値札に準拠している。
上写真のレシートの下にあるのはポイントカードだ。あっという間に貯まるので集め甲斐がある。
まずは大葉を紹介しよう。魚のすり身に大葉をのせ、さらにすり身を薄くかぶせた繊細なつくりとなっている。大葉の爽やかな香りが鼻に抜けて、上品なすり身の味を引き立てている。
唐辛子みそはしっかりとした唐辛子の辛味と生姜の爽快な辛味が加わって、深い味わいが広がる。お酒のつまみとして、おでんにせずにそのまま食べても美味しいだろう。
いか天はイカの形に成形された姿がなんとも可愛らしい。イカがすり身の端までたっぷり入っているので、じっくり味わいたい気持ちになる。
利休揚は人参や玉ねぎの甘みやごぼうの香りが口のなかで溶け合い、ふわふわのすり身の美味しさが強調される。なお、おでん種では利休揚げは野菜が入った練り物のことを指すことが多い。蒲鉾屋界隈では古くからの使われている名称だ。
しいたけ丸は魚のすり身の上に椎茸をのせたおでん種だ。椎茸のふくよかな香りと味わいが素晴らしいが、すり身に練り込まれた人参とキクラゲもポイントが高い。キクラゲのプチプチとした食感がとてもよいアクセントになっている。
ほたて丸も秀逸なおでん種だ。ぽってりとした形のすり身にホタテが入っているのだが、そのまわりを海苔が包みこんでいる。ホタテから染みでた出汁ととろとろの海苔が融合して、磯の香りが口中に広がる。
海苔といえば、餅を魚のすり身で包んだおもち巻にも海苔が使われている。通常のもち巻は餅とすり身のみのものが多いが、なかには黒ごまをまぶしたものがある。しかし、海苔の入ったもち巻ははじめて見た。とろけた餅と海苔の相性は言わずもがななので、ぜひご自身の舌で確認してみてほしい。
タコボールは魚のすり身に北海道産のミズタコが入ったおでん種だ。たこ焼きのようにひと口サイズで食べやすいが、タコのうまみが凝縮されている。鰹節とソース、マヨネーズをかけて食べても美味しいと思う。
しゅうまい巻もぎゅっと詰まった挽肉のうまみが詰まっている。ひと口サイズで食べやすいので、おでんにせずにお弁当に入れても喜ばれるだろう。
ウインナーはいわゆるウインナー巻で、ぷりっとした食感がこの上なく美味しい。昔懐かしい味わいで、子ども時代を思い起こさせる。鰹と昆布出汁のおでん汁にもよく合う。
ふくろづめは油揚げに人参や白菜を詰め込んだおでん種だ。油揚げのなかに野菜の汁がたっぷりと詰まっていて、淡白ながら深い味わい。油揚げ独特のうまみもあいまって、冬にはかかせないおでん種のひとつだ。
ロールキャベツは豚の挽肉とキャベツの美味しさが混じり合い、とってもジューシー。刻んだ人参の香りやキャベツのしゃきしゃきとした食感も楽しめる。細長いのでおでんとして非常に食べやすい。
上スジは鮫肉を使用した関東ローカルのおでん種だ。わさび醤油をつけてそのまま食べても美味しいが、おでんに入れてほろほろの食感を楽しむのもいい。増田ヤ(与野)では1枚単位の上スジ(かまぼこの八木橋)のほかに、棒状の築地すじ大(築地の石澤)も販売している。
いわしつみれはイワシの香りがしっかり漂いながら、生臭さはまったくない。舌触りも非常に滑らかで、魚が苦手な子どもでも美味しく食べられることだろう。
えびつみれは海老の香りがほのかに漂い、非常に上品な味と舌触りをしている。枝豆が爽やかな味わいをプラスしており、彩りも華やかになっている。
かつて埼玉県は増田屋を中心として多くのおでん種専門店が営業していたが、東京と同様に数を減らしつつある。とりわけ、大宮と浦和の増田屋が閉業してしまったのは地域民としてかなりの痛手だと思う。そんなお客さんたちの期待を一身に背負う増田ヤ(与野)は家族4人だけで切り盛りしており、かなり大変なのではないかと感じた。しかし、2代目店主を中心として、初代とおかみさん、奥さまが一丸となってお客さんの期待に応えるべく明るく前向きに取り組んでいらっしゃった。
良質な原料魚を使用し、独創的なおでん種を数えきれないほど取り揃え、接客やサービスも顧客を第一に考えて丁寧に行っている。今の世代だけでなく、今後を担う若い世代にもおでん種や蒲鉾の魅力を知ってもらい、いつまでも愛されるお店であり続けてほしいと思う。
増田ヤ(与野)の基本情報
増田ヤ与野駅前店
〒338-0002 埼玉県さいたま市中央区下落合1034-2
048-831-8061
定休日:日曜、夏季祭日
営業時間:11:00~18:30、土祝日10:00~18:00
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