今回はおでんのしみしみ大根の作り方を紹介する。皮のむき方や煮崩れ防止、下ゆでの方法までじっくり解説していこうと思う。冷凍や電子レンジを使った時短の技にも触れていきたい。だんだんと寒くなる季節、おでん汁がしみ込んだ大根で心と身体を温めよう。
大根はおでんにとって欠かせない具材であり、地方を問わず長年愛されてきた。それゆえに調理法にこだわる人はとても多い。ネットで検索すると似たような記事が多いのだが、東京おでんだねでもしみしみ大根の作り方を取り上げてみたいと思う。
おでんに適した大根の部位と季節
まずは、大根そのものに焦点を当ててみよう。
一般的に、おでんや煮物にふさわしい部位は真ん中あたりといわれている。葉のついた上部分は甘いが硬く、下部分は辛くて繊維があり、水分が少ない。真ん中は甘みと辛みのバランスがちょうどよく、水分も多くて加熱すると柔らかくなる。つまり、おでん汁と喧嘩せず、しみ込みやすいのだ。もちろん、うまく煮ればどの部分でも柔らかくなって味がしみ込むものだが、一応のセオリーとして覚えておこう。
次に、季節によって大根の品種が異なることを覚えておこう。市場に出回っている青首(あおくび)大根と呼ばれる大根は、春、夏、秋冬でそれぞれ品種が異なり、特徴も異なる。春の大根は辛みが強い品種が多く、生食に向いている。夏の大根は春の品種よりもさらに辛く、生食だけでなく炒めものにも向いているという。秋冬の品種は繊維が柔らかく、水分をたっぷり含んでいるのでおでんに向いている。
こちらも素人にはわからない差だと思うが、八百屋さんと旬の品種について語り合うことができれば面白いのではないかと思う。
よい大根を手に入れるコツは、ずっしりと重たいものを選ぶことだ。大根は水分が豊富な野菜なので、たっぷり水を含んでいるほうが美味しい。カットされたものは、断面に鬆(す)が入っていないものを選ぶといい。
おでんの大根の切り方
大根を選んだら、包丁を使って輪切りにする。厚みは一般的に3〜4センチほどにすると、しみ込みやすく食べ応えもあるといわれている。おでん屋さんのなかには、10センチほどある分厚い切り方をしているところもあるが、扱いづらいので普通のサイズでいいだろう。
皮付近は繊維の歯ざわりがよくないので、3〜5ミリくらいの厚みで切る(かつらむき)。皮を切るタイミングは、輪切りにしたあとのほうが扱いやすくていいだろう。次に、煮崩れ防止のために面取りをしていく。
面取りは包丁でもできるのだが、慣れていないと均一に美しくできない。そんなときはピーラーを使うといい。ピーラーなら余計な力を入れなくて済むし、均一な面取りができる。なお、ぐらぐら煮込んだり、よほど乱暴に扱わなければ面取りしなくても煮崩れることはない。
最後に隠し包丁として十字に切り込みを入れて、大根をしみ込みやすくする。切り込みは1センチ程度、およそ1/2か1/3くらいの深さにする。あまり深すぎると分かれてしまうので、ほどほどに。
大根の下ゆで
大根がうまく切れたら、下ゆでを行う。鍋に大根を入れたら、大根がかぶるくらいまで水をそそぐ。このとき、水の代わりに米の研ぎ汁で茹でると灰汁(あく)や臭みが取れる。研ぎ汁がない場合は、ひとつまみほどお米を入れればOKだ。
最初は中火にして、沸騰したら弱火に変えて15〜20分ほど茹でる。しばらくすると白い灰汁が出てくるので、おたまなどで綺麗に取り除いておく。
このとき、落し蓋をすると効率よく茹でることができる。対流ができることで熱が伝わりやすくなり、柔らかくなりやすい。また、型崩れを防いだり、灰汁取りにも便利だ。ちなみに木製の落し蓋は、使用する前に水に浸しておこう。蓋に煮汁が移りにくくなり、カビの発生を低減できる。
竹串を刺して奥まですんなり通るようになったら大根を鍋から出し、さっと水洗いしておく。まだ固いと思ったら、そのままもう少し茹でるか、大根をひっくり返してムラなく茹でよう。
下ゆでは時短できる?
ネット界隈では、時短でできる大根の下ゆで方法が数多く紹介されている。その種類はだいたい3つ。1. 電子レンジ、2. 圧力鍋、3. 冷凍する方法だ。
電子レンジを使う方法
もっとも一般的でお手軽なのが電子レンジを使う方法だ。耐熱容器に大根を重ならないように入れて、米またはとぎ汁を加える。容器に水を張ってラップをし、600wで10分ほど加熱する。容器から大根を取り出して、水で軽く洗えば下ゆで完了だ。
また、水も容器を使わずに、ラップでやわらかく包んで調理する方法もある。加熱することで大根の細胞膜を破壊し、おでん汁をしみ込みやすくするという原理だ。
電子レンジを使った方法はお手軽で時短も可能だが、個人的には若干歯ざわりに違和感がある印象。輪切りの大根は中央まで熱が通りにくいので、コツがいるのかもしれない。筆者はコンロを使ったほうが美味しく感じられるので、時短をするなら圧力鍋のほうがおすすめだ(根拠はないので、おのおの判断してほしい)。
圧力鍋を使う方法
圧力鍋はコンロで煮るという意味では通常の調理方法と同じだ。ただし、水分の沸点を高めて調理をするため時間を圧倒的に短縮できる。
大根、米(研ぎ汁)、水を入れるのは一緒だが、水は少なめにする。まず強火にして、ピンが上がったら弱火で3〜5分ほど加熱を続ける。火を止めて圧が下がったら、5〜10分ほど蒸らすといいだろう。こちらも完成したら大根を水で洗っておく。圧力鍋で調理すると格段に柔らかくなるので、下ゆでを省いてもいい(ただし灰汁と臭みが気になる場合はやっておいたほうがよい)。
冷凍による方法
最後は冷凍による方法だ。水なしの電子レンジと同様に、大根の細胞膜を破壊することでおでん汁をしみ込みやすくする。
方法はいたって簡単。切った大根を個別にラップしてフリーザーバッグに入れ、5〜6時間ほど冷凍庫で冷やしておく。電子レンジや圧力鍋のように直前に準備ができないので、当日の午前中か前日夜に作業しておこう。冷凍した大根を鍋へ投入すれば、短時間でしみしみのものができあがる。
この方法はある程度の保存がきくし、意外性もあることからネットでも多く紹介されている。しかし、個人的にはあまりおすすめしない。冷凍しすぎると大根の食感が台なしになり、美味しくないからだ。美味しい食感を保てる冷凍時間の目安もあるのだろうが、厳密な管理が必要な場合は通常の調理時間のほうが短いので、時短の意味が薄れてくる。
おでん汁で大根を煮る
さて、いよいよおでん汁で大根を煮る作業に移ろう。鍋に張ったおでん汁に大根を加えたら、玉子、こんにゃく、ちくわぶなど火が通りにくい順に足していく。弱火で30分ほど煮たら火をとめる。
今回は、わかりやすいように大根のみで調理していく。こちらは東京おでんの定番である削り節と昆布の合わせ出汁で、醤油の色はほどよく透ける程度のおでん汁。大根が飴色になり美しい仕上がりになる。
色が薄いとしみ込み具合がわかりにくいので、たまり醤油で色付けした濃い色のおでん汁も用意した。日本橋のお多幸本店の雰囲気だ。砂糖を加えると美味しくなる。
火をとめたあとはじっくり冷ます。
よく「大根は冷めているときに味がしみ込みやすい」という情報が出回っているが、いろいろと説があるようだ。お茶の水女子大学の助教である佐藤瑶子氏によると、
意外に勘違いしている人が多いのですが、「冷めるときに味がしみ込みやすい」わけではありません。温度が高いほど味のしみ込みは速いので、火を止めてからのほうがゆっくりしみ込んでいきます。途中で火を止めているのは、煮くずれを防ぐためと考えられます。
ということだ。煮続けたままだと気泡や具材にぶつかって表面が損傷したり、軟化しやすいので、余熱でじっくりしみ込ませるほうがいいということで、冷めたから早く味がしみ込むわけではないという。
いっぽうで、2011年の日本調理科学会誌に掲載された論文では、塩(塩化ナトリウム)は加熱直後に大根に浸透するが、動物性食品から溶け出したグリセリドは冷蔵時、コラーゲンは温蔵時にそれぞれ大根の表面に付着するという。(参考:日本調理科学会誌 No.1 Vol.44, 64~71, 2011:大根の加熱および保存過程がコラーゲン,グリセリド,塩化ナトリウムの浸透および硬さに及ぼす影響、杉山寿美、三宅彩矢、多田美香、水尾和雅、都留理恵子)
つまり、煮続けるよりも、冷ますか温かい状態で保存をしたほうが味がしみる(付着する)ということだ。
このように諸説はあるのだが、とにかく冷ましたほうが煮崩れせず、うまみも出るので選択しない手はない。科学的に検証している人たちも多く、ブログや論文を読んでみるとなかなか面白いので、興味のある方は検索してみるといいだろう。
放置を2〜3時間続けたあと、お皿に盛ってみた。濃いおでん汁のほうは一目瞭然だが、薄いおでん汁のほうも部分的に透けて美しい色になっている。
大根を切ってみると、表面近くのほうが色が濃いが、中もしっかりとしみ込んでいる。味はおでん汁だけでなく、ほんのり大根の風味も感じられてちょうどよい感じ。
濃い色の大根も中までしっかり染まっている。味付けはしょっぱいと思いがちだが、じつは逆だったりする。塩分濃度は色の薄い醤油のほうが高く、濃い色のほうが低い(塩分濃度が高い順に、薄口醤油、濃口醤油、たまり醤油・再仕込み醤油)。
しみしみ大根のお手軽入手方法
しみしみ大根を作るのはそこまで難しいものではないが、手間をかけたくないときもあるだろう。その場合は、おでん種専門店に行くことをおすすめする。
大田区の糀谷にある愛川屋蒲鉾店や板橋区の大谷口北町にある蒲吉商店、西東京市ひばりが丘の大清かまぼこ店など多くのおでん種やさんで下ゆでが済んだ大根を販売している。また、荏原中延の丸佐かまぼこ店や葛飾区立石の増田屋、江戸川区小岩の蒲清などではあらかじめ汁につけたものを販売している。
スーパーでも手軽に入手できる。紀文の「おでんや 味がしみ込んだ極厚大根」やイオンのトップバリュの「下ごしらえ済み 大根」など、急いでいるときには便利かもしれない。
愛情深まるしみしみ大根
おでん種の大根はしみしみのほうが断然美味しい。しかし、しみ込みが浅い大根も新鮮な風味が残っていてじゅうぶん美味しい。老舗のおでん屋さんについてうんちくを垂れ、自分では作らずに家庭の大根にとやかく言う人も見受けられるが、そういうのはあまりいただけない(筆者自身のことだけど)。
「料理は愛情」というが、作る側が愛を込めるだけでなく、作ってもらう側も愛情をもって食さないといけない。大根は、そんなことを思い起こさせるおでん種だ。皮むきや下ゆでを手伝って、一緒に協力し合ってしみしみの大根を作れば、ふたりの愛も深まることだろう。