聚楽台の西郷丼

さつま揚げ(揚げ蒲鉾)を用いた料理はいろいろあるが、上野の聚楽台の名物だった西郷丼は在りし日の東京を偲(しの)ばせるとてもユニークな存在だ。おでんからすこし離れてしまうが、今回は聚楽台の西郷丼について紹介したいと思う。

聚楽台当時の西郷丼を再現

聚楽台は筆者も幼少期から青年時代まで利用していたが、店内にはお座敷や噴水池などがあって当時でも懐かしい雰囲気が漂っていた。西郷丼も西郷隆盛にあやかって鹿児島特産の具材を使用するという昭和感あふれる料理だったが、現在も聚楽の系列店で味わうことができる。

かつての上野のランドマーク「聚楽台」と西郷丼

聚楽台はマリリンモンローのそっくりさんが出演するCMでお馴染みの聚楽(株式会社聚楽)が経営していたレストランだ。上野駅前のランドマーク的な存在で、高度成長期において地元民から地方出身者まで、非常に人気を博していた。

"聚楽台" Photo by Masaru Kamikura, taken on April 14, 2008
Masaru Kamikura, Flickr – Masaru Kamikura – 聚楽台 01, Cropped from original, CC BY 2.0)

上野駅不忍口前にあった西郷会館(上野百貨店)に昭和34年(1959年)にオープンし、和食から洋食、中華料理にいたるまで、さまざまな料理を楽しめるファミリーレストランの先駆けともいえる存在だったが、平成20年(2008年)に西郷会館の閉館とともにその歴史の幕を閉じている。

東京都台東区上野公園:UENO3153
西郷会館(上野百貨店)跡地に建つUENO3153

西郷丼はさつま揚げやさつまいもの天ぷらなど鹿児島の食材を贅沢に盛り付けた丼物で、聚楽台の20周年イベントの際に開発された。その名の由来はもちろん「西郷どん」こと西郷隆盛で、聚楽台の裏手にあった西郷隆盛像にあやかったものだ。

東京都台東区上野公園:西郷隆盛像
西郷丼の名の由来となった上野公園の西郷隆盛像

西郷丼は聚楽台の名物料理となり、長い間多くの人々に愛された。営業最終日には注文が殺到して白米や丼の容器が足りなくなるほどだったという。

東京都台東区上野公園:UENO3153
聚楽台が営業していた西郷会館2階と同じ、UENO3153からの風景

聚楽台が閉業して西郷丼も姿を消すかと思われたが、聚楽が運営する「酒亭じゅらく」で再発売されることになった。年配の料理人を中心にリニューアルされ、それ以降も改良を重ねているという(参考:いろはめぐり「上野・アメ横の酒亭じゅらくには、どんぶりの美味しさが満載の名物『西郷丼』がある」)。

現代に復活「酒亭じゅらく」の西郷丼

筆者も「酒亭じゅらく」で西郷丼を味わってみることにした。「酒亭じゅらく」は都内に2店舗あるが、聚楽台を偲んで上野店を選んた。上野駅の不忍口からアメ横商店街を入ってすぐの高架下で営業している。

東京都台東区上野:酒亭じゅらく上野店(外観)

「酒亭じゅらく」は刺身や串焼き料理に力を入れている居酒屋形式のお店だ。上野には聚楽が経営する店舗が複数あり、聚楽台を彷彿とさせる「レストランじゅらく」が1軒、串揚げ専門の「串揚げじゅらく」が2軒ある。

東京都台東区上野:酒亭じゅらく上野店(メニュー)

席についてメニューを眺めると西郷丼を発見した。「当店イチ押し」と書かれており、自慢の品であることがわかる。

東京都台東区上野:酒亭じゅらく上野店の西郷丼

しばらく待つと念願の西郷丼が運ばれてきた。時計回りに12時から、チキン南蛮、高菜の炒め物、明太子、鶏そぼろ、玉子そぼろ、豚の角煮、さつま揚げ、さつまいもの天ぷら、温泉卵(中央)となっている。

東京都台東区上野:酒亭じゅらく上野店の西郷丼

それぞれの具材はしっかり丁寧に調理されていて、異なる味をじっくり楽しめる。さつま揚げのサイズは大きめだが人参など野菜が混ぜ込まれていて、飽きずに美味しく味わえる。温泉卵を崩してかき混ぜて食べるもよし、少しずつほかの具材にかけて食べるもよし、とにかく豪快さが気持ちいい、西郷隆盛のような料理だった。

東京都台東区上野:酒亭じゅらく上野店の西郷丼(ディスプレイ)

上野駅は「北の玄関口」と言われ、東北や北陸方面の人々がはじめて東京に足を踏み入れた場所だ。遠い南に位置する鹿児島や九州地方の名物が一堂に集まった西郷丼を目にして度肝を抜かれたことだろう。「酒亭じゅらく」ではかつて上野を訪れた人々の思いを受け止めるように西郷丼に愛情を注いでおり、3人前ほどある「メガ西郷丼」なるメニューを開発するなど日々改良を重ねている。

聚楽台時代の西郷丼を再現

「酒亭じゅらく」によって西郷丼は進化を遂げたが、聚楽台時代の西郷丼はどのようなものだったのだろう。実際に訪れた人々の当時の写真を見ながら、簡単に再現してみた。

聚楽台当時の西郷丼を再現

記録によると、閉業当時の西郷丼はさつま揚げ(ひじき入り)、さつまいもの天ぷら、豚の角煮、温泉卵、ほうれん草、明太子、鶏そぼろだったようだ。現在のものと比べると、チキン南蛮と高菜の炒め物、玉子そぼろが入っておらず、ほうれん草が入っていたことになる。

料理1品に対してこれだけ多種多様な具材を調理するのはかなりの手間なので、調理済みのお惣菜を加えつつ再現したいと思う。

東京都荒川区東尾久 おぐぎんざ商店街:九州屋蒲鉾店

向かった先は荒川区東尾久の九州屋蒲鉾店。揚げ蒲鉾の種類が豊富なだけでなく、夏季は天ぷらも販売している。九州屋蒲鉾店の詳細については「九州屋蒲鉾店のおでん種」や「九州屋蒲鉾店のできたておでん」などの記事をご覧いただきたい。

東京都荒川区東尾久 おぐぎんざ商店街:九州屋蒲鉾店

揚げ蒲鉾はおでんのオフシーズンながら、20種類以上揃っていた。生姜や野菜などさまざまな具材を練り込んだものがあるので、何回訪れても新しい発見がある。

東京都荒川区東尾久 おぐぎんざ商店街:九州屋蒲鉾店(天ぷら)

天ぷらはひとつひとつがとても大きく、どれも揚げたてだ。西郷丼にぴったりのさつまいものほかに、海老天、あじ天、きす天、なすやカボチャがあった。

九州屋蒲鉾店の大判揚と天ぷら(さつまいも)

聚楽台の西郷丼で入っていたさつま揚げはひじきを混ぜたものだったようだが、今回はなにも具材が入っていない大判揚を選んだ。大きめのつくりとなっており、サイズ感が似ている。さつまいもの天ぷらは大きさといい、厚みといい、文句のつけようがない完璧なものだ。

聚楽台当時の西郷丼を再現

豚の角煮は豚バラブロック、鶏そぼろは鶏ももミンチを購入してそれぞれ調理。ほうれん草をさっと茹で、温泉卵は火からおろした熱湯に15分ほどつけて完成させる。明太子のほか、それぞれをごはんを入れた丼の上にのせればできあがり。

「酒亭じゅらく」の現代版よりもシンプルではあるが、7種類の具材はやっぱり贅沢なものだ。それぞれの個性が際立っているが、混ぜ合わせて食べると意外に調和のとれた味となって美味しい。

聚楽台以外にも存在する、西郷丼のバリエーション

ユニークな名前の西郷丼、じつは聚楽台以外にもたくさん存在する。西郷隆盛の出身地である鹿児島県には西郷丼の名を冠するさまざまな丼物があるが、特定の具材は決められておらず、鹿児島の特産物を生かした料理が多いという。

さつま揚げを使用した西郷丼バリエーション

鹿児島県以外にも西郷丼は存在し、それぞれにさまざまな工夫がみられる。ここでは、さつま揚げ(揚げ蒲鉾)を生かした西郷丼をふたつ紹介していこう。

さつま揚げを使用した西郷丼バリエーション(手打ちうどん さぬき版)

ひとつめは新宿区上落合にある「手打ちうどん さぬき」(新宿区上落合1丁目30-16)の西郷丼。こちらはさつま揚げをカツとじにしたものだ。さつま揚げのカツ丼は神奈川県の小田原にもあるが、シンプルながら味わい深く、豚のカツ丼にも劣らぬ満足度の高いものとなっている。

作り方は簡単で、割り下で玉ねぎとさつま揚げを煮たあとに溶き卵を2回に分けてとじれば完成だ。

さつま揚げを使用した西郷丼バリエーション(広島酔心版)

ふたつめは広島酔心調理製菓専門学校が考案した西郷丼。サイコロ状に切ったさつま揚げやミンチをごま油で炒めて温泉卵を落としたものとなっている。ごま油の香ばしい香りがさつま揚げにマッチしており、非常に食欲をそそる。作り方は学校の西郷丼のレシピを参考にしてほしい。

聚楽台が閉業してから十数年が経過するが、東京に訪れた多くの人々が食した西郷丼は現在も愛され続けている。上野に訪れた際は西郷丼を味わって、在りし日の東京を偲んでみてはいかがだろうか。

酒亭じゅらくの基本情報

酒亭じゅらく 上野店
〒110-0005 東京都台東区上野6-11-6
03-3831-9640
定休日:無休
営業時間(ランチ):11:30~15:00(L.O.15:00), 土日祝: 11:30~16:00(L.O.16:00
(ディナー):月〜木16:00~23:00(L.O.22:00),金16:00~23:30(L.O.22:30),土16:00~22:30(L.O.21:30), 日祝16:00~22:00(L.O.21:00)
酒亭じゅらくのWebページ

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