東京のお蕎麦屋さんでおでんそばを味わう1

立川駅の立ち食い蕎麦で有名なおでんそばやおでんうどんは、おでんをトッピングした一風変わった種物(たねもの)だ。今回は、おでんそばやうどんを提供する東京のお蕎麦屋さんを紹介する。

鈴乃家(足立区鹿浜)のおでんそば

東京おでんだねは東京のおでん種専門店を紹介するサイトではあるのだが、おでんそばやうどんも庶民の生活に根付いており、なかなか興味深い。これから3週にわたり、おでんそばやうどんの記事を掲載していこうと思う。1回目と2回目はおでんそばやうどんを提供する東京のお店を紹介し、3回目は調理方法について紹介する。また、訪問したお店については「東京のおでんそば・おでんうどん」に一覧をアーカイブしている。

おでんそば、おでんうどんとは

おでんそばやおでんうどんは、種物(たねもの、かけ蕎麦やうどんに具をのせたもの)の一種であり、具材がおでん種というシンプルな料理だ。JR立川駅にある立ち食い蕎麦屋「奥多摩そば」のおでんそばが有名で、駅南側で営業していた中村亭が昭和20年代に考案し、立川の名物となった。詳しくは「立川駅のおでんそば」という記事をご一読いただきたい。

JR立川駅:奥多摩そば おでんそば

関東において、おでんは昆布と鰹出汁のまろやかな汁で食べるのが基本で、蕎麦は鰹出汁と醤油が強い蕎麦つゆで食べる。したがって、おでん種と蕎麦つゆの相性は好みが分かれるところだ。個人的には出汁の風味を生かした関西風のうどんつゆのほうがおでん種には合っていると思うが、おでんと蕎麦という魅力的な食材がコラボする様を眺めているだけでも満足感がある。また、蕎麦が高級グルメ志向になりがちな昨今、本来の庶民の食べ物へと引き戻してくれるおおらかな雰囲気をまとっているのが魅力なのだ。

JR立川駅:奥多摩そば
立川駅の奥多摩そば(旧中村亭)

中村亭以外のおでんそばの歴史については、上原善広著「被差別の食卓(2011年、新潮新書)」に記述を見つけた。筆者の上原氏が育った大阪府南部の更池(旧町名)では、おでんに中華そば(黄そば)を入れたおでんそばが食べられていたという。また、堺市の定食屋「美佐ちゃん(閉業、大阪府堺市堺区協和町5-481)」でも提供されていた。上原氏いわく、被差別部落のファストフードだったという。上原氏は昭和48年(1973年)生まれだが、おそらくそれ以前から存在していたのだろう。

おでんうどんについては広島県の備後落合駅に古い歴史がある。駅は昭和10年(1935年)に開業してから交通の要所として栄え、多くの人々が利用していた。その際にホームの立ち食い蕎麦屋で3種のおでん種をのせたおでんうどんに人気が集まったのだという。

過去にはファミリーマートやローソンがおでんうどんを販売したり、フードツーリズムの一環として島根県松江市(松江商工会議所青年部)が平成22年(2010年)頃に「おどん」としておでんうどんを名物にしている。おでんそばに関しても近畿圏を中心に営業する阪急そば(現在は平野屋に事業譲渡され若菜そば)がメニューに加えたり、長野県安曇野のくるまやで販売するなど「ありそうでない」というより「なさそうである」隠れた人気の料理なのだ。

東京都豊島区北大塚:小倉庵のおでんうどんのメニュー

なお、SNSに目を向けると、おでんそばは立川の奥多摩そばを中心に外食ものを投稿していることが多いが、おでんうどんは家庭で作った自家製のものが多い。おでんの残りとうどんを組み合わせ、翌日の食事にアレンジしているようだ。

東京のおでんそば、おでんうどん

東京では立川駅の奥多摩そばばかり取り上げられているが、昔ながらの街のお蕎麦屋さんでも提供している。東京おでんだねの筆者はこれまでほとんど見かけることはなかったが、調べてみると東京各地に存在していることがわかった。どのように広まったのか判然としないが、おそらく立川駅よりも後、高度成長期以降に普及したのではなかろうか。

おでん種を見てみると、どの店舗でも業務用のレトルトおでんを使用している。主流のメニューではないので当然かもしれないが、おでん種専門店の減少も遠因だろう。

レトルトおでん
典型的なレトルトおでん(上写真はセブンプレミアムおでん1人前):小ぶりで蕎麦やうどんの種としては最適かもしれない

おでん種の種類はほとんどのお蕎麦屋さんで共通だ。さつま揚げ、大根、玉子、こんにゃく、焼きちくわ、結び昆布となっており、さつま揚げが2種類入っていることもある。これはレトルトおでんを使用していることが理由だと推察する。

さて、この先は東京各地のおでんそば、おでんうどんを紹介していこう。おでんそばはうどんにも変更できるのでリクエストするといいだろう。お店をめぐっているうちに数が多くなってしまったので、次回の記事でも紹介しようと思う。また、各店の専門ページも作成したので、そちらも参照いただきたい。

  1. 港区新橋の松美家のおでんそば
  2. 港区赤坂見附の菊家のおでんそば
  3. 世田谷区下北沢の広栄屋のおでんそば
  4. 台東区合羽橋の浅草江戸清のおでんそば
  5. 港区白金の松月のおでんなべ焼うどん

港区新橋の松美家のおでんそば

まずはサラリーマンの聖地、新橋にあるおでんそばを紹介しょう。飲み屋街から少し離れた場所にある松美家(港区新橋5-33-8)のおでんそばを味わった。

東京都港区新橋:松美家

松美家はJR新橋駅から徒歩8分、飲み屋街を抜けた先にある。近くには鹽竈(しおがま)神社があり、落ち着いた雰囲気が漂っている。明治35年(1902年)創業の老舗でありながら、お高くとまっている雰囲気はまったくなく、ビジネスマンや地元民にやさしく寄り添う庶民向けのお蕎麦屋さんだ。しかし、接客がたおやかで丁寧であり、主張せずとも老舗の品格は出るものだなあと思った。

東京都港区新橋:松美家

席についてメニューを眺めると、しっかりと「おでん」の文字が刻まれている。季節の欄ではないので、1年中提供しているものと思われる。

松美家(港区新橋)のおでんそば

厨房では茹でた蕎麦と、別に温められたおでん種を手際よく合わせる作業が確認できる。おでん種と蕎麦だけで構成されたおでんそばは、渋い色味でかっこいい。松美家では長ねぎが添えらている。

松美家(港区新橋)のおでんそば

おでん種はさつま揚げ2種、大根、玉子、こんにゃく、焼きちくわ、結び昆布。2種類のさつま揚げはふわふわのものと通常のものだった。蕎麦つゆは江戸前の濃いつゆで、おでんそばとしてはスタンダードなものだったが、奇をてらわないぶん本来の美味しさが際立つ感じがした。2世代の家族経営と思われるが、会計時に全員からの「ありがとうございました」の言葉に、身も心もあたたまるような気持ちがした。

港区赤坂見附の菊家のおでんそば

東京の中心ともいえる港区元赤坂にもおでんそばはある。東京メトロ赤坂見附駅から徒歩5分の豊川稲荷東京別院境内の菊家(港区元赤坂1-4-7)だ。

東京都港区元赤坂:豊川稲荷東京別院

豊川稲荷東京別院は東京のお稲荷さんでも屈指の知名度を誇り、著名人や芸能人も参拝に訪れる場所だ。愛知県豊川閣の直轄の別院となる。

東京都港区元赤坂:豊川稲荷東京別院 菊家

境内には文化会館という建物があり、1階は3軒の茶屋が営業をしている。今回訪れた菊家は向かって左にある。土産ものが並ぶ昔懐かしい店内には、今年94歳になるおかみさんがいる。創業は昭和23年(1948年)なので、70年以上の歴史がある。

菊家(港区元赤坂)のおでんそば

おでんそばは名物のきつねそばにおでん種がのせられたもので、ほかのお蕎麦屋さんのものとは少々異なる。関西風の出汁の効いた薄色の蕎麦つゆ、甘く煮付けられた油揚げ、ふわりとした天かすやワカメがとても優しい味だ。器がラーメンのどんぶりなのも微笑ましい。

菊家(港区元赤坂)のおでんそば

おでん種はさつま揚げ、こんにゃく、焼きちくわ、結び昆布で、なると巻は小さく薄ピンクで可愛らしい。さつま揚げはふわふわのソフトな食感で、蕎麦つゆと絡みあって美味しい。食べたあとに、ほうっとリラックスできる素敵なお蕎麦だ。菊家では茶飯もあるので、あわせて頼むのもいいだろう。

世田谷区下北沢の広栄屋のおでんそば

若者が賑わう下北沢にもおでんそばは存在する。創業してから60年以上、ラーメンなどの中華そばも提供する広栄屋(世田谷区北沢3-21-1)だ。

東京都世田谷区北沢:広栄屋

広栄屋は下北沢カレーフェスティバル向けに提供していた「Ojiya カレーうどん」が人気のお店だ。カレーうどんの下にとろろご飯が入っていて、うずら卵がトッピングしてある。「ギガたま」をオーダーすると、20個もうずら卵をのせてくれる。おじやとカレーうどんの組み合わせは、愛知県豊橋発祥らしい。カレーライスのついたセットメニューも人気で、ボリュームたっぷり。お客さんも若者が多かった。

広栄屋(世田谷区北沢)のおでんそば

おでんそばはメニューの「季節もの」欄に掲載されている。なると巻のほかにほうれん草が添えられていて、ピンクと緑色の彩りが美しい。

広栄屋(世田谷区北沢)のおでんそば

おでん種はさつま揚げ、大根、玉子、こんにゃく、焼きちくわ、結び昆布。広栄屋は蕎麦つゆが素晴らしく、鰹の風味がしっかりと感じられて美味しかった。おでん種との相性もとてもよく、とりわけ結び昆布との組み合わせが気に入った。

台東区合羽橋の浅草江戸清のおでんそば

調理道具専門の問屋街であるかっぱ橋道具街の入り口には、浅草江戸清(台東区松が谷1-1-2)がある。丼ものにも定評がある昔ながらのお蕎麦屋さんだ。

東京都台東区松が谷:浅草江戸清

こちらも地元の常連さんが多く、お客さんのひとりはビールを片手におかみさんと談笑していた。TVではメジャーリーグの大谷翔平選手の試合が中継され、店内に漂うのんびりとした日常の輪郭がさらに浮き彫りにされているように感じた。

東京都台東区松が谷:浅草江戸清

メニューを開くと、あたたかい蕎麦の欄におでんそばの文字を発見。メニューの古びた感じを見るかぎり、かなり前から提供しているようだ。優しい雰囲気をまとったおかみさんにオーダーすると、ほどなくしておでんそばがテーブルにやってきた。

浅草江戸清(台東区松が谷)のおでんそば

浅草江戸清のおでんそばは長ネギのほかに練りからしがついてくる。これはとても嬉しい。七味唐辛子もいいのだが、やはりおでんには練りからしがよく合うのだ。

浅草江戸清(台東区松が谷)のおでんそば

おでん種はさつま揚げ2種、大根、玉子、こんにゃく、焼きちくわ、結び昆布。ほうれん草が彩りを華やかにしている。2種類のさつま揚げは具材が入っていないプレーンなものだった。蕎麦つゆは辛くなく、おでん種とよく合う。なにより練りからしがおでんの味を引き立て、とても美味しかった。

港区白金の松月のおでんなべ焼うどん

港区白金にある松月(港区白金5-7-12)には、おでんなべ焼うどんがある。松月は港区立白金の丘学園小学校の目の前にある地元密着型のお蕎麦屋さんだ。

東京都港区白金:松月

メニューには「おでんなべ焼うどん(季節)」と書かれており、訪れたときは春の暖かい時期だったために断念してほかのお蕎麦をオーダーした(美味しかった)。しかし、会計時に質問してみると「まだしばらくの間は提供している」とのことだったので、翌日に再び訪問した。

東京都港区白金:松月

おでんそばやうどんを扱っているお店はいくつもあるが、鍋焼きにしているお店は数えるほどしかない。おでんは鍋料理なので、これは絶対に美味しいと思って再訪したら、お店の皆さんはにこにことしながら「念願のおでんなべ焼うどんを食べられますね」と茶目っ気たっぷりに言葉を投げかけてくれた。

松月(港区白金)のおでんなべ焼うどん

そして、念願のおでんなべ焼うどんが運ばれてきた。写真ではわからないが、ぐつぐつと煮えたぎった状態ですごく美味しそう。おでんを何倍にも美味しくする練りからしもたっぷり添えられている。

松月(港区白金)のおでんなべ焼うどん

おでん種はさつま揚げ2種、大根、玉子、こんにゃく、焼きちくわ、結び昆布。2種類のさつま揚げはふわふわのものと通常のものだ。練りからしが添えられた皿におでん種を移して食べ、うどんと汁はもうひとつ用意された別の器で食べる。別々でありながら一緒に食べるという新感覚、この素晴らしさはぜひ実際に体験してもらいたいものだ。コラボレーションを楽しみつつ、きちんとそれぞれの味を堪能できるのはおでんうどんの正しい食べ方なのではないかと思った。「七味唐辛子を入れても美味しいですよ」と促され、うどんの器に加えてみたが、これも素晴らしく美味だった。

お会計のときに調理場のふたりの女性から感想を聞かれたが、もちろん「とても美味しかった!」と伝えた。彼女たちは筆者の満足げな表情をみて嬉しそうに笑っていたが(どちらもマスクをしていたが)、それを見てこちらも嬉しく思った。お昼どきに行くと松月は満席だが、味のよさだけでなくお店の方々のあたたかい人柄がお客さんにきちんと伝わっているからだと思う。

高級、トレンド志向が尊ばれる白金で、本来の人情に篤い地域の素晴らしい気質をこれからも守り続けてほしいと思う。

さて、今回のお店の紹介はここまで。次回は引き続きおでんそばとうどんを提供する東京のお店を紹介したいと思う。

松美家の基本情報

松美家
〒105-0004 東京都港区新橋5-33-8
03-3431-1217
定休日:日曜
営業時間:11:00~15:00, 17:00~20:30, 土:11:15~14:00

菊家(豊川稲荷東京別院)の基本情報

菊家
〒107-0051 東京都港区元赤坂1-4-7
03-3408-2363
定休日:無休
営業時間:9:30~16:30

広栄屋の基本情報

広栄屋
〒155-0031 東京都世田谷区北沢3-21-1
03-3466-5958
定休日:木曜(第5木曜営業)
営業時間:11:00~21:00 (LO 20:30)

浅草江戸清の基本情報

浅草江戸清
〒111-0036 東京都台東区松が谷1-1-2
03-3847-4041
定休日:日曜
営業時間:11:30〜14:00, 17:30〜20:30

松月の基本情報

白金 松月
〒108-0072 東京都港区白金5-7-12
03-3441-8584
定休日:日祝
営業時間:11:00~15:00, 17:00~20:00

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