さようなら、初代国立劇場とおでん定食

2023年10月29日に建て替え工事のため閉場した千代田区隼町の国立劇場。閉場前に訪れて、喫茶室「花水木」でおでん定食を味わってきた。

東京都千代田区隼町:国立劇場

国立劇場は昭和41年(1966年)に開場し、歌舞伎や文楽をはじめとした日本の伝統芸能の公演を主催、貸付を行ってきた。東京おでんだねの筆者の祖母は日本舞踊の名取だったため、幼き頃は国立劇場によく足を運んだ。

劇場には食堂や喫茶室があり、そのうちの一軒である「花水木」ではおでん定食を提供していた。「初代国立劇場さよなら特別公演」を鑑賞したあとに訪れ、味わってきた。

57年の歴史に幕を閉じる初代国立劇場

国立劇場は57年の歴史があり、長年日本の伝統芸能の保存や育成に寄与してきた。日本の伝統美とモダンさを兼ね備えた建物は、正倉院を模して設計されたという。

東京都千代田区隼町:国立劇場

老朽化のため建物は取り壊されるが、リニューアルまではほかの劇場で上演されるという。新しい建物の開場時期は2023年10月の時点で未定となっている。

東京都千代田区隼町:国立劇場

訪れた日は大劇場で「妹背山婦女庭訓」、小劇場で「組踊と琉球舞踊-名手による至高の技芸-」が行われていた。大劇場の前には美しい着物姿の女性客がたくさん訪れていた。

東京都千代田区隼町:国立劇場

筆者は小劇場へ入場し、開演まで場内を見学することにした。コーヒーをはじめとした飲料や軽食を扱う売店や土産品を扱うお店など、昭和の香りが漂う懐かしい空間が広がる。

東京都千代田区隼町:国立劇場

おそらく建て替え後はお洒落なお店が並び、現在の雰囲気は消え失せてしまうのだろう。東京のあちこちで古き良き場所が失われているが、時代の流れとはいえ寂しく感じるものだ。

東京都千代田区隼町:国立劇場(小劇場)

公演には多くの人々が集まっていた。古くから劇場を訪れている常連客が多く、場内のあちこちを眺めながら別れを名残惜しんでいるようだった。

東京都千代田区隼町:国立劇場(小劇場)

席に着いて美しい舞台幕を眺めていると「組踊と琉球舞踊」が開演した。琉球舞踊ははじめて観賞したが、舞や衣装の美しさだけでなく、ユーモアもあって非常に興味深かった。新たな伝統芸能の発見ができ、国立劇場の役割をあらためて肌で感じられるよい機会であったと思う。

東京都千代田区隼町:国立劇場「十八番」

終演後はお目当てのおでん定食を味わいに喫茶室に向かう。喫茶室で最も有名なのが2階の「十八番(おはこ)」だが、こちらではおでんを扱っていない。

東京都千代田区隼町:国立劇場「十八番」

吹き抜けがある広々とした店内で、和食や洋食、喫茶が楽しめる。開場当時の洗練されたモダンさに加え、歴史が積み重なって生まれた懐かしさが漂う。新たに建てる施設では、このような雰囲気はきっと生み出せないのではないかと思う。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」(外観)

訪れた日は入場制限をするほど混み合っていたが、大劇場側の1階で営業する「花水木」は空いていた。この喫茶室は鑑賞券がなくても利用できる。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」

過度に装飾していない素朴な雰囲気が心を和ませる。接客する店員さんは気さくで親しみ深く、厨房の紳士はホテルマンのように上品な雰囲気が漂っていて格好よかった。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」

4人掛けのテーブルがいくつか並んでいたが、お昼時を過ぎていたためか、厨房内の食器や業務用の炊飯器が並べられていた。力の抜けた感じが非常に心地よい。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」メニュー

コーヒーやクリームソーダといった喫茶類、国会カレーや鴨ねぎそばなど食事のメニューが並んでいた。おでん定食は写真付きで紹介されており、オーダーしている人も多かった。おでん定食を用意しているのは、歌舞伎座の名残だろうか。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」の国会カレー

国会カレーは衆議院で提供されているもので、松坂牛を用いたレトルト版も発売されている。オーソドックスな味付けのカレーライスだが、コクとうまみがしっかり感じられて非常に美味しかった。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」の国会カレー(アホエンオイル)

国会カレーにはエイジング効果やコレステロール値を正常にする「アホエンオイル」というオイルも付いてくる。この唐突な感じがなんとも愛おしい。

東京都千代田区隼町:国立劇場クラフトビール

劇場内では「初代国立劇場さよなら記念グッズ」としてさまざまな商品が販売されていたが、クラフトビールもそのひとつだ。岩手県遠野市の上閉伊(かみへい)酒造が製造しており、フルーティーな「ヘイジーIPA」とライトな飲み口の「ゴールデンエール」の2種類を用意していた。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」のおでん定食

クラフトビールを飲みながらしばし待つと、お目当てのおでん定食が運ばれてきた。おでんのほかに、白米と漬物、小鉢がセットになっている。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」のおでん定食

大根、玉子、こんにゃく、さつま揚げ、焼ちくわ、白滝、結び昆布の組み合わせだ。おそらくは業務用のレトルトを使用していると思われる。

東京都千代田区隼町:国立劇場「花水木」のおでん定食

からしをたっぷり付けてくれるのは嬉しいところ。余談だが、からしの隣にある黒い物体をおでんに付ける味噌と勘違いしてしまった。じつはこれ、椎茸の煮物なのだ。自身の先入観に思わず吹き出してしまった。

味はほかの食堂でも食べられるごく普通のものだったが、国立劇場の喫茶室で食べると特別なものに思えてくる。華やかな伝統芸能とすこし野暮ったいメニューのコントラストが愛らしく、ほっと心を和ませてくれる。

東京都千代田区隼町:国立劇場

長い間愛されてきた空間がなくなってしまうのは残念だが、国立劇場の思い出は人々の心にいつまでも残り続けるだろう。生まれ変わる新しい建物も、人々の心に残り続けるものであってほしいと思う。

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