今回は、東京など関東周辺のローカルおでん種である魚のすじの製造工程を紹介したいと思う。最近では馴染みの薄くなった魚のすじが、どのように作られているかを知る機会はかなり少ないので、ぜひご覧いただきたい。今回は記事にあわせて動画も用意したので、そちらも視聴いただきたい。
サメを主原料にした東京など関東ローカルのおでん種、魚のすじ
魚のすじは、サメのすじや軟骨を主原料にした食品だ。はんぺんを作る際に使用する1番肉以外のすじ肉をすり合わせ、成型したあとに茹でて完成させる。
最近はコンビニのおでんの影響か、おでんのすじといえば牛すじを連想する人が多いと思う。しかし、牛すじは関西方面が発祥で、東京など関東周辺では魚のすじのほうが一般的だった。
たとえば、元禄元年(1688年)から330年以上続く老舗のはんぺん・蒲鉾店の神茂では、
味の強い青鮫の肉が入ったこの魚すじは味がよいと評判をいただいています。歌舞伎界では若手でちょっと筋のいい役者が出てくると「あの野郎、ちょっとカンモだねえ」という言い方があるほどです。
(引用:神茂のWebサイト)
というように、伝統芸能の世界でも比喩に使われるくらいだった。
なお、小田原にも「すじ鉾」などと呼ばれる魚のすじが存在する。蒲鉾を作る際に出た小骨やすじが入った魚のすり身を裏ごしして作り、味わいも異なる。サメを主原料としたすじは、はんぺんを製造する東京や銚子の業者ならではの製品だ。
魚のすじに用いられるのは主にアオザメとヨシキリザメで、利用量の関係などから1匹まるごと仕入れるお店は減っている。しかし、8月の終わりに東京都蒲鉾水産加工業協同組合、通称東蒲の理事である八木竜太郎さんから「今度アオザメが入荷するから、見においでよ」と誘っていただいた。当日、八木さんが経営する「蒲鉾の八木橋」(千葉県野田市野田241)に午前中からお邪魔させていただき、魚のすじが完成するまでの一部始終を見学した。
魚のすじの製造工程を動画で紹介
製造工程をよりわかりやすく紹介するために、今回は特別に動画を作成した。
この記事とあわせてご覧いただければ、より魚のすじの製造工程がご理解いただけると思う。
アオザメまるごと1匹を捌く
サメの水揚げは宮城県の気仙沼が多く、八木橋が取引しているのも気仙沼の業者だ。業者は良質のアオザメが入荷すると、はらわたやヒレ、頭部を取り除いた状態で八木橋まで直送する。通常は2、3匹、合わせて150〜200キロ近くが一度に送られてくる。
最近では1匹まるごと仕入れるお店はめずらしく、部位ごとやすり身にした状態で送ってもらうことが多いようだ。その昔、サメは二束三文の価値だったため、送料だけでもけっこうかかる1匹買いは費用の面で躊躇する職人も多いようだ。
配送しやすいように、大まかに3等分されている場合が多い。見た目はサメそのもので、体長は180〜190センチほどで60キロ。大きくはないそうだが、目のあたりにするとかなりの迫力がある。アオザメ3割、ヨシキリザメ7割の配分にはなるが、この1匹でおよそ15すり、4000枚ほどのはんぺんができる。
ちなみにサメの肉はすりつぶすと空気を抱く性質があり、はんぺんはそれを利用してふっくらとした食感を作り出す。サメは二分して水ザメと固ザメがあり、水ザメに分類されるヨシキリザメは水っぽい肉質で、はんぺんのソフト感を出すために欠かせない。固ザメに分類されるアオザメは粘りのある肉質のためうまみが強く、空気を抱かせるために不可欠だ。ヨシキリザメだけでは空気を抱きにくく、空気を含んだすり身にならない。そして同様に、アオザメだけでも固めの食感となり今風のふわったした食感が出せない。このふたつの配合が大切なのだそうだ。なお、八木橋ではこのほかに、入荷状況によってカジキマグロや銚子から仕入れたホシザメも配合している。昔はヨシキリザメを使うものは下級品、駄物といわれており、アオザメやメジロザメ、ホシザメなどが使われていた。
断面を見ると、サメの特徴的な骨の付き方がわかる。骨として認識できるのは背骨と尾の周辺くらいで、ほかは丸ごと肉が付いているようにみえる。普通の魚は硬い骨を持っているが、サメは全身が軟骨だ。太い背骨は連結している椎体(ついたい)の継ぎ目に刃を入れれば、出刃包丁だけでがっつり切れる。
サメを捌く八木竜太郎さん。まずは作業しやすい大きさにざっくりと切り分けていく。出刃包丁を使って皮ごと肉を分離していく。
皮を剥いで、肉をさらに分けていく。皮は、このあとにしっかりと肉をこそぎ落としていく。
少しでも無駄な部分が出ないように、皮に付いた肉を細かく集めていく。八木さんは「命をもらっているのだから、無駄な部分はできるだけなくしたい」とおっしゃていた。
八木竜太郎さんのお父様である八木潔さん(左、八木橋の取締役相談役)とふたりがかりで次々とサメを捌いていく。おふたりは熟練の職人なのでほれぼれするほど手際がよいのだが、皮や骨についた肉までていねいに取るので1匹で1時間半ほどかかる。
ピンク色が美しいサメの肉部分。はんぺんの原料となるが、採肉の過程で出たはんぺんに使用しない部分(すじや軟骨)は魚のすじの原料になる。
肉から剥いだサメの皮部分。はんぺんやすじには不要だが、煮こごりなどの原料として活用できる。
こちらは血合い部分。つみれなどに加えるとうまみと栄養が増すので、これも捨てないで利用する。
骨などの不要部分。今回は捨ててしまうが、これらも健康食品や化粧品などいろいろな用途で利用することができる。サメは捨てる部分がほとんどないといわれるが、すべてを活用しようとする昔の職人たちの知恵の賜物でもある。
アオザメの肉を採肉機にかける
次の工程は採肉だ。通称「ガチャン」と呼ばれる採肉機(魚肉採取機)にサメ肉を入れると、すじや軟骨部分を綺麗に取り除いてくれる。
採肉機はかなり昔から存在し、日々改良が加えられてきた。主にスタンプ式とロール式に分類される。
スタンプ式は網目の平たい円盤の上に魚肉をのせ、上からスタンプのように圧力をかけることにより、網目から肉だけが落ちていく構造となっている。ロール式は回転する網目の円筒と回転ベルトの間に魚肉をはさみこむと、肉だけが円筒のなかに入るしくみだ。スタンプ式は1960年代ごろまで普及していたが、効率のよいロール式に代わっていった。しかし、スタンプ式のほうが柔らかくて良質の肉が取れるといわれ、こちらを利用し続ける職人もいる。八木橋では上の写真のようにロール式の採肉機を採用している。
上の写真はロール式採肉機の肉を入れる部分。電源を入れると網目の円筒部分が回転する。肉をそこに入れると、すぐ上のスチール板が肉を押し付ける。すると、肉の柔らかい部分は円筒の穴に落ち、すじなどは奥に押しやられて分離される。はさみ具合を調節することで、肉とすじの分離具合を変えることができる。
こちらは肉が落ちてくる部分。スクリューで円筒部分に溜まった肉を掻き出していく。
実際に肉を採肉機に入れているところ。スチール板がしっかり肉をはさんでいるのがわかるだろう。
肉がスクリューで押し出されているところ。右側にちらっと分けられたすじが見える。
採肉機が稼働を続ける間、肉を投入し続ける流れ作業。非常にスムーズだが、作業後には採肉機をていねいに洗浄しなければならない。
不要部分が取り除かれたアオザメの肉。これがはんぺんの原料になる。
こちらは肉から分けられたすじの部分。これが魚のすじの原料となる。
血合いも採肉機にかける。アオザメの血合いはつみれに加えるとボソボソにならず、うまみが出て栄養もたっぷりだ。しかし、量が多いと臭みになってしまう。使い方が腕の見せどころだ。
すじをミンチにする
すじ部分が完全に選り分けられたら、今度はミンチの機械にかける工程に移る。ここから、アオザメだけでなく、ほかのすじ肉もブレンドしていく。
左から、赤いのがアオザメ、少し茶色い色のカジキマグロ、白っぽいのがヨシキリザメ。アオザメはしっかり脂ののった肉質だが、ヨシキリザメはとても水っぽく、触るとべちゃべちゃする。ちなみに、同じ個体でも首元や尾ひれあたりなど部位によってねばっとしていたり、ぱさぱさとしている。また、輸送や保管時に置かれたサメの向きによっても、重みで質感が変化するそうだ。
すじをミンチ機に投入していくと、すぐにミンチされたすじが容器へ押し出されていく。やはり業務用のものは大きく、あっという間にできあがる。
魚のすり身は2〜3ミリ口径のプレートを使うが、魚のすじの場合はもう少し大きなものを使用する。そうしないと、穴が詰まってしまうからだ。ここに軟骨が入っていれば、一緒にミンチされていく。
すじをすり身にする
次はすじを石臼ですり身にしていく作業だ。おでん種専門店でおなじみの擂潰機(らいかいき)を使う。
擂潰機にセットされた石臼にすじ肉を入れ、杵を回転させてすり合わせていく。大きく3段階あり、からずり(粗ずり)、塩ずり、本ずりと進めていく。蒲鉾は塩がとても重要な役割を果たし、塩のひき加減で商品が決まるといわれている。最終的に水や調味料を加えるが、すりを段階的に分けずに同時に入れた場合は、同量入れたとしてもまったく別の味になるという。
八木さんいわく「入れりゃいいってもんじゃない。よくすれているか、ただ混ざっているかの違いです」ということだ。ひとつひとつ常に自分の感覚で確かめ、見極めていかなければならない職人の心がまえを感じる印象的な言葉だ。
機械を使うので一見簡単そうだが、加える水やすりあげる時間などを調整し、すり身を掴んだ指の感覚で絶妙なすり具合にしなければならない。これぞ長年の経験にもとづく職人ならではの技術だ。
通常の魚のすり身に比べて、魚のすじのすり身はとてもすじっぽい。これがあの独特の舌触りを生み出す。
これでようやくすじのすり身が完成した。八木さんは擂潰機や採肉機、容器や調理台など、使用した機材をすべて入念に洗浄していた。「正直、洗浄時間のほうが作っているときより長いかもわからない」と笑う。すべて洗浄しないといけないので、洗浄が終わったあとに同じ作業の依頼がくると、二度手間になり大変なのだそうだ。
洗浄が済むと、機材に不具合が出ていないかパーツごとに入念に確認する。メンテナンスを欠かさないことで、20〜30年は問題なく使用できるそうだ。
すじの成形と蒸し作業
すじのすり身ができあがったら、今度は成形と蒸す作業だ。通常のすじは茹でるものだが、八木橋では蒸している。昔はサメの匂いを取るために茹でられていたが、現在は新鮮なものが手に入るため必ずしも茹でる必要はない。また、蒸したほうが水が入らないので日持ちがよく、味も逃げずにうまみが残る。調理するときの温度も一定になるので扱いやすいというメリットもある。
「つけ包丁」とよばれる刃のない蒲鉾専用の包丁を使って、魔法のようにすり身を成形していく。機械を使って成形するお店もあるが、八木橋では手作業でていねいに伸ばしていく。
八木竜太郎さんといえば、成形技術の確かさで業界内では有名だ。八木さんの妙技は日本かまぼこ協会の動画で確認できる。
ひょうひょうと説明する八木さんがとても格好良い! 最後のオチも最高で、思わず「試せるか!」とツッコミたくなる。
成形によって均一なかたちとなった魚のすじ。個々の重量もきちんと測って統一している。ようやく見慣れたかたちになってきた。
成型したものをお湯につけてつら付け(保型)をし、これを伸ばして形を整える。八木さんの奥さまも参戦し、あうんの呼吸で作業を黙々と進めていく。
巻き簾で魚のすじを巻いていく。作業はとてもスピーディーだ。あっという間にすべてのすじが巻かれていく光景は、見ていてとても気持ちがいい。
すべての魚のすじが巻き終わった。あとは蒸せば完成だ。
業務用の大きな蒸し器で魚のすじを蒸す。しばらく待っている間、事務所で八木さんとおでん種談義に花を咲かせる。このときまでほぼ立ちっぱなしで、かなりの重労働だ。
蒸しあがって完成かと思いきや、八木さんは魚のすじの温度を測り出した。これは衛生上、規定の温度以上で殺菌できているかを調べる重要な工程だ。食の安全、安心を保つうえで欠かせない作業なのだ。
巻き簾から取り出されたかたちは紛れもなく魚のすじである。蒸したてのものを試食させてもらったが、ほくほくとした食感と蒸しあがったサメの香りがなんともいえず、とても美味しかった。歯にあたるコリッとした軟骨の食感も魚のすじならでは。未体験の方はぜひとも味わっていただきたい。
熱を冷ませば、魚のすじの完成だ。おでんに入れればもちろん美味しいし、わさびと醤油をつけて食べると最高のお酒のお供になる。
魚のすじは御徒町の吉池などスーパーでも販売している。しかし、大手メーカーの製造する魚のすじはヨシキリザメとスケソウダラのすり身などを混ぜたものが多い。本来のすじははんぺんに利用するサメのすじ肉を使っており、生産している業者は年々減少傾向にある。東京のおでん種専門店へ行って、どんな魚が使われているか聞いてみるといいだろう。もちろん、八木橋の魚のすじを求めに千葉県の野田市まで足を延ばしてもらってもかまわない。
蒲鉾の八木橋の基本情報
蒲鉾の八木橋
〒278-0037 千葉県野田市野田241
04-7122-8712
定休日:日曜
営業時間:9:30~18:30
蒲鉾の八木橋のWebページ