おでんは日本以外の国でどのような名前で呼ばれているのだろうか。今回は海外でのおでんの呼び名に加え、「Oden」の名を冠するあれこれについて紹介しようと思う。
おでんは日本全国で親しまれている料理だが、世界では寿司や天ぷらほど認知されていない。とりわけアメリカやヨーロッパでは匂いや見た目、食感が苦手という人も多いようだ。しかし、台湾、韓国、中国といった東アジアや東南アジアの国々に伝わっており、独自のアレンジが施されながら親しまれている。
日本統治時代に普及した台湾と韓国のおでん
台湾は日本の統治下にあった明治から昭和にかけての50年間におでんが伝わったとされている。呼び名は甜不辣(ティエンブラ)、黑輪(オレン)、關東煮(グァンドンジュー)などだが、これらは日本語の天ぷら、おでん、関東煮(かんとだき)が語源になっている。甜不辣と黑輪はおでんだけでなくさつま揚げ(揚げ蒲鉾)の両方の意味を持つ。
日本統治時代から数えて約80〜130年の間に台湾のおでんは現地の食文化と融合して独自のものに変化した。和食としてのおでんも親しまれており、日式關東煮や關東煮などと呼ばれている。台湾のおでんについての詳しい解説は「台湾のおでん、甜不辣、黑輪、關東煮」という記事をご覧いただきたい。
同じく韓国でも日本統治時代に入ってきたとされ、現地では오뎅(オデン)と呼ばれている。台湾の甜不辣や黑輪と同じように、おでん料理とさつま揚げの両方の意味になる。
最近では어묵(オムク)とも呼ばれるが、これは魚を表す「オ」と澱粉を固めたものを表す「ムク」が組み合わさった韓国語固有の言葉だ。오뎅탕(オデンタン)という言葉もあるが、これは鍋料理の意味が加わったものとなる。韓国のおでんといえば板状の揚げ蒲鉾を折り畳んで串に刺したものが有名だが、台湾と同様に現地の食文化と融合し、日本とは異なる料理に変化を遂げている。
日本のコンビニから広がる中国と東南アジアのおでん
台湾や韓国と異なり、中国では日本のコンビニエンスストアによっておでんが普及した。その歴史は浅く25年ほどで、平成9年(1997年)にローソンが上海で販売したのがはじまりだという。
呼び名は台湾と同様に关东煮(関東煮の簡体字)となるが、ローソンでは熬点(アオディエン)、セブンイレブンでは好炖(ハオドゥン)という名称で売り出している。熬点は「点心を煮る」、好炖は「よく煮込む」という意味だが、おでんの音に合わせた当て字となっている。串に刺して食べやすくしたり、麻辣火鍋や麻辣湯のように辛いスープを用意したりと、コンビニ各社が工夫を重ねてローカライズが進んだ。
25年という短い間におでんが現地のスナックとして認知されたのだから、コンビニの影響力は計り知れない。この影響は中国だけでなく、日本のコンビニ企業が進出した東南アジアにも広がっている。現在ではシンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナムなどでもおでんが販売されている。
表記はアルファベットで「Oden」もしくは現地の言葉で「おでん」と発音するものとなっている。たとえば、タイ語ではโอเด้ง(オデン)となる。中国ほど浸透しているわけではないが、東南アジアは練り物が日常的に食べられているためおでんが普及する可能性を秘めている。
100年以上前におでんが伝わった台湾や韓国では現地の食文化とゆるやかに融合していったが、中国や東南アジアではコンビニ各社によってアレンジされ、短い期間で受け入れられつつある。時代によって食文化が変容していく経緯やスピードが異なり、非常に興味深い。
余談だが、欧米ではカニカマを「surimi」と呼んでいる。カニカマは日本が生み出した風味かまぼこだが、各社が海外に輸出したことに加えて海外工場で生産・販売したことで広まった。健康志向の高まりや日本食の流行によって人気を博しているが、おでんも全世界で親しまれる料理になれば嬉しく思う。
「〜国のおでん」と呼ばれる海外の料理
よく海外に訪れた日本人が現地の料理をおでんに例えることがあるが、それらのルーツが日本のおでんとはかぎらない。
たとえば、ポトフは「フランスのおでん」と紹介されることがあるが、歴史はおでんよりもはるかに古いようだ。古代ローマ人が似たような料理を作っていたとされ、12世紀頃からその言及がなされている(参考: History Today「Pot-au-Feu, France’s National Dish」)。また「イタリアのおでん」と呼ばれるボリートミストは肉と野菜を煮込んだ北イタリアの郷土料理で、おでんよりもポトフに近い。
おでんに例えられる料理はアジアが最も多く、それらの料理は各国に広がった華人(福建人、潮州人、広東人、客家人など)の食文化の影響が大きい。「台湾風おでん」と呼ばれる滷味(ルーウェイ)は香辛料と醤油などで煮込んだ料理で、中国四川省や福建省が発祥とされる。シンガポールやタイ、マレーシアのおでんといわれる醸豆腐(ヨントーフ)は豆腐に肉や魚のすり身を挟んだもので、客家料理がルーツの煮込み料理だ。東京おでんだねでも「ミャンマーのおでん」と称してウェッタードウットーという料理を紹介しているが、インドネシアのセクバ、マレーシアやシンガポールのバクテー(肉骨茶)に味わいが似ていることから、こちらも福建人の料理が由来と思われる。
これらの料理のルーツは日本のおでんではないが、逆に日本のおでんが影響を受けた可能性がある。大阪のおでん料理の老舗「たこ梅」によると、初代店主である岡田梅次郎さんは広東省の人々がつくる鍋料理をヒントに商売をはじめたという。そのため関東煮(かんとだき)の言葉の由来は関東ではなく、広東煮(かんとんだき)なのだそうだ(参考:たこ梅BLOG北店「おでんとかんとだき」)。広東省といえば客家の居住地であり、たこ梅の店主が参考にしたのは醸豆腐だと唱える説もある。
また、さつま揚げも琉球(沖縄)を通じて伝わった福建料理であるともいわれている。おでんのルーツは田楽だが、発展の過程において海外の影響を受けながら少しずつ変化していったのだろう。ちなみにたっぷりのつゆで煮るおでんを生み出したとされる文京区本郷のおでん料理店「呑喜」(閉業、東京都文京区向丘1-20-6)は、初代店主が西洋のスープを参考に開発したそうだ(参考:菊池武顕. あのメニューが生まれた店. 平凡社. 2013. p. 43.)。
おでんに関係のない「Oden」のあれこれ
さて、ここからは与太話にお付き合いいただきたい。おでんの文化圏はアジアに限定されるのは前述したとおりだが「Oden」というキーワードで検索してみたところ、欧米を中心に料理のおでんに関係しないものがたくさん出てきた。
たとえば、北欧神話の主神オーディン。一般的には「Odin」という綴りになるが、スウェーデンなどでは「Oden」にもなるようだ。
オーディンとおでんの音が似ていることから、Twitterでは「おでんはオーディンの逸話に由来する」という冗談が一部で交わされている。おでんの串やこんにゃくなどの三角の種はオーディンが持つ槍「グングニル」を模しているだとか、そのグングニルが訛って「がんも煮る」となりおでんにがんもどきが入れられるようになったとか、真剣にふざけていて面白い。
スウェーデンには「Oden」という名前が付いた戦艦や砕氷船が存在するが、もちろんおでんではなく、主神オーディンからとられたものだ。同じくスウェーデンの人気バンド、アモン・アマース(Amon Amarth)は北欧神話やヴァイキングをテーマにした楽曲が多く、6作目のアルバムタイトルでもある「With Oden On Our Side」もそのひとつ。こちらもOdenはオーディンの意味だが、おでんと訳すとちょっと面白い。彼らの公式Tシャツには「Oden Wants You」とプリントされたものもある。
オーディンは北欧神話を含めたゲルマン神話を代表する神であるため、イギリスやドイツ、オランダなどヨーロッパ各地に影響を与えている。
「Oden」の姓を持つ人々は各国に存在し、現在はアメリカ国籍が最も多い。由来はオーディンのほか「Oda」や「Odo」といった北ドイツやオランダの個人名からきているという。著名人では政治家や学者、スポーツ選手などがいるが、最近では元NBA選手のグレッグ・オデン(Greg Oden)が有名だ。2007年のNBAドラフトでポートランド・トレイルブレイザーズから全体1位指名を受けたが、膝の故障に悩まされて大きな活躍ができないまま引退した不運な選手だ。
「Oden」という地名もいくつか存在する。スペインのカタルーニャには「Odèn」という村があり、Odèn城の遺跡やOdèn川がある。アメリカのアーカンソー州モンゴメリー郡とミシガン州エメット郡にも「Oden」という町があり、これらにはOden High SchoolやOden Roadがある。機械翻訳すると「おでん高校」や「おでん街道」と訳されるので面白い。
また、ノースカロライナ州のグリーンズボロには「Oden Brewing」というビール醸造所があり、ネットでアパレル販売をしている。おでんマニアとしては手に入れたいところだが、日本からは通販を受け付けていないのが残念だ。
このほか、スウェーデンのストックホルムにあるホテル「Oden」(現在は閉館)、嗅ぎタバコの「Oden’s」、ニールス・ヨンソンのデザインした家具(サイドボード)の「Oden」、熊本県のビアレストラン「Oden」とハムやソーセージを製造する「Oden Ham Factory」、明治の毒婦と呼ばれた日本の「高橋お伝」など、料理のおでんとは関係ない「Oden」が次々と見つかる。くだらないといえばそれまでだが、おでんをきっかけにさまざまな知的好奇心を満たすのも面白いと思う。おでんマニアの筆者はいつか「Oden」の名の付く場所に訪れて、記念写真を撮ってみたいと思っている。