蒲重(かまじゅう)蒲鉾店は阿佐谷パールセンター商店街にあるおでん種の専門店だ。昭和11年から続く老舗で、様々な種類のさつま揚げを販売している。
魅力的なお店が集まる阿佐谷パールセンター商店街
JR中央線の阿佐ケ谷駅からすぐ目の前にある阿佐谷パールセンター商店街は、700メートルほどの距離に約240軒の店舗が立ち並ぶ活気にあふれた商店街だ。商店街のウェブサイトによると「鎌倉と北関東地域を結ぶ鎌倉街道の一部としておよそ800年前に現れた道」にあるという。また、練馬の貫井弁天から堀の内の妙法寺へ通じる「参詣の道」として親しまれたそうだ。
大正11年(1922年)の阿佐ケ谷駅開業の頃には商店街の原型ができあがっていたが、戦時中の強制疎開で更地となった。その後、昭和29年(1954年)に阿佐ヶ谷南本通商店会が発足、のちに公募で阿佐谷パールセンター商店街の愛称に決定した。アーケードは昭和37年(1962年)に完成した後、阪神淡路大震災を機に防災機能を有した現在のアーケードに改装された。
作家詩人のねじめ正一の店である「ねじめ民芸店」、軽井沢にある老舗和菓子店「ちもと総本店」の直営店など魅力的なお店が集まっている。
呑兵衛にも嬉しい蒲重蒲鉾店のおでん種
蒲重蒲鉾店は、阿佐谷パールセンター商店街を進んだ中央手前付近に位置する。
オレンジの雨除けで目立たないが、木製の立派な看板が掲げられている。客足が途絶えず、お店の人たちは対応に追われている。阿佐谷地域区民センター協議会のインタビュー記事によると、二代目と三代目が経営しているそうだ。
三代目は20代で店に立ち、蒲鉾作りを二代目から直に教わり、現在は二代目と三代目で先代の味を守っています。
三代目は大変な子沢山で、娘さんばかり5人、さらにお孫さんも4人、跡継ぎ不足の店舗の多い中で、何も心配がない珍しいお店と言えます。
(阿佐谷地域区民センター協議会:その2「昭和の懐かしさ、温かさを感じるお店」より引用)
記事にある通り、訪れた日は娘さんと思われる女性の方も店頭に立っていた。
まず目を引くのが店頭に掲げられた商品の説明書きだ。さつま揚げやはんぺん、牛すじなど原材料や食べ方まで丁寧に説明されている。ちくわぶの保存方法の説明を掲げているお店は何軒か見たことがあるが、こんなに賑やかなのは初めてだ。手書きの風合いが店主の人柄がにじみ出ているような気がする。
さらに、おでん種(さつま揚げ)以外の惣菜がとても魅力的なのだ。イワシの竜田揚、穴子のゴボー巻など商品名だけで美味しいと確信してしまう。これらをいくつか買って、家で晩酌したら最高だろうなぁと思いつつ、我慢しておでん種の取材に戻る。
練り物のおでん種は定番物もありながら、オリジナルと思われる種が目に付いた。店頭に掲げられたさつま揚の説明を見ると「生で召上るのが一番おいしい」と書かれているので、そのまま食べても楽しめる様々な具材が入った種が多いのかもしれない。訪れたときは売り切れのものが多かったが、お店の奥で常に作り続けていたのでどんどん追加されるのだろう。
後方にある冷蔵ケースには練り物以外のおでん種が並べられていた。表示されていなかったが、はんぺんや牛すじ、ロールキャベツやつみれなどは手づくりに違いない。なお、おでん汁はチヨダと正田醤油(綾瀬)のものだった。
練り物の詰め合わせの1000円セットも販売している。やはり蒲重蒲鉾店は呑兵衛の味方だ。このセットを買うだけで、様々な種類を存分に楽しむことができる。もちろん、大根や玉子を加えておでんを手軽に作るのにも最適だ。おでん種やさんに慣れていない場合は注文する際にあたふたしてしまうので、このセットから始めてもいいかもしれない。
さらに蒲重蒲鉾店では、できたておでんの店頭販売もしている。立ち食いスペースが確保されているので、混雑する商店街で迷惑をかける心配もない。仕切板のない、ぎゅうぎゅうと詰まった感じがなんとも食欲をそそる。
生でも美味しい、こだわりのおでん種たち
お店の雰囲気を存分に味わったあとで選んだおでん種は写真のとおり。
時計回りに12時から、ひじき、枝豆、すじ、いわし玉、バクダン、深川揚、コーン揚、かき揚、はんぺん(中央)。定番以外を狙ってみた。この他にちくわぶと結び昆布も購入。
大根と玉子、ちくわぶを下茹でして、結び昆布を加えてしばらく煮込む。練り物系は温める程度で、最後にはんぺんを加えて完成。さあ、試食開始だ。
練り物は揚げ色が濃く茶色い色をしているが、味自体は上品な雰囲気だ。食感はしっかりしつつきめ細やか。生で食べるときのバランスも緻密に計算されているのではないかと思う。こんな練り物を食べられるなんて、阿佐谷に住んでいる人たちは本当に幸せだ。
個人的に注目していた深川揚は、あさり、ねぎ、唐辛子が入っている。唐辛子は他の具材の風味を消さない控えめな辛さだ。あさりの磯の風味がきちんと残っていて、ねぎがよいアクセントになっている。ひじきは人参を加えてあるが、とにかくひじきの風味が口中に広がって通好みの逸品だ。いわし玉にも人参が入っていて彩りがよい。イワシのうまみだけでなく、ねぎの風味が効いている。
すじは蒲重蒲鉾店の手づくりかどうかは不明だが、噛めば噛むほど味わいが滲み出てくる。かき揚は玉ねぎ、イカ、エビ、人参が入っている。玉ねぎの甘みが効いていながら、イカの食感が面白く、エビと人参の香りがよい。枝豆は豆のうまみと風味が大いに主張してくれて非常に美味しい。あまり期待していなかったが、蒲重蒲鉾店のおでん種の中で1、2位を争う美味さだ。
はんぺんは手づくりで、店頭の説明書きによると「卵白、小麦粉、保存料は一切使わず、先代の尊い技と製法を受け継いだもの」だという。口に含むととてもふわふわで、神茂のはんぺんに匹敵する逸品だった。個人的に蒲重蒲鉾店でベストのおでん種と言える。
バクダンの玉子は非常に大きく練り物の薄さがすごい。まさに職人芸である。魚のすり身に包み込んだだけなのに玉子のうまみが普通とは明らかに違う。おでん汁や魚のすり身のうまみが加わって、満足感が増す気がする。コーン揚はトウモロコシの甘みが強く、子どもにも人気のおでん種に違いない。ツブツブの感触も面白い。
蒲重蒲鉾店は二代目と三代目、それに加えて三代目の娘さんがお店を手伝い、昭和11年から続く先代の味を守り続けている。さらに、商店街の活気が原動力になっているに違いない。一見平凡に見える街並みにも地域の人々の絆が存在し、それを守ろうとする人たちがいることを強く感じられた。おでん好きも呑兵衛も、商店街マニアもぜひ訪れてもらいたいおでん種やさんだ。
蒲重蒲鉾店の基本情報
蒲重蒲鉾店
〒166-0004 東京都杉並区阿佐谷南1-47-10
03-3311-3543
定休日:水曜
営業時間:9:00~19:30
蒲重蒲鉾店のウェブサイト(阿佐谷パールセンター)