荒川区の小台にあるおでん種専門店大阪屋は、昭和11年創業の老舗のおでん種やさんだ。豊富な種類のおでん種を用意しているだけでなく、できたての調理済みおでんも販売している。できたておでんの詳細に関しては「大阪屋のできたておでん」の記事を参照いただきたい。
かつて遊興地だった荒川区西尾久
下町風情が漂う都電荒川線小台駅周辺。非常にのんびりとした雰囲気のこの町は、かつて遊興地だった。
西尾久と呼ばれるこの周辺はラジウム鉱泉が湧き出たことによって温泉のある遊興地となり、いわゆる三業地として発展していった。演芸場や大浴場が集まる施設の荒川遊園(現在のあらかわ遊園)や多くの料亭が存在し、芸者や町工場で働く労働者で賑わっていたという。阿部定事件が起きたのも西尾久だ。しかし、現在は熱海という割烹料理屋が残るくらいで当時の遊興地の賑わいを想像することは難しくなっている。
常に挑戦の姿勢を忘れないおでん種専門店
大阪屋は小台橋みずき通りという商店街にある。創業は昭和11年(1936年)と古く、尾久三業地があった頃まで遡る。店内には店舗外観が写った古い白黒写真が飾られていた。
大阪屋はFacebookページが充実しており、地域限定の自宅配送のお知らせや営業時間の変更など詳細な情報を入手することができる。おでん種の販売状況も更新しているので、出向く際には事前にチェックしておくといいだろう。「おでん種スーパースター列伝」というおでん種を紹介した投稿は、おでん種のレシピを詳しく説明するだけでなく、店主のおでんにまつわる思い出やエピソードなどおでんに対する愛に溢れていて、今回記事を書くときに大いに役立った。また、Webサイトも充実している。
店頭ではできたての調理済みおでんが売られており、その場ですぐに味わうこともできる。風向きによってはおでんの美味しそうな香りが少し離れたところまで漂ってくるそうだ。シミシミの厚切り大根や玉子が本当に美味しそうだ。
訪れたときはお正月休み明けで市場が閉まっていたので、おでん種は少なめだった。すべて揃っているときは28種類で、そのうち練り物は18種類と豊富。これに加えて、季節の限定おでん種も登場する。なお、大阪屋にはイタリア揚げというオリジナルのおでん種がある。「おでん種スーパースター列伝」によると、イタリア仕立てのソースを練りこんだすり身に、ピーマンと玉ねぎ、ベーコン、チーズが入っているという。一度食べたことがあるが、個性的でありながらおでん汁や他のおでん種とも喧嘩せずに調和していてとても美味しかった。80年以上の歴史を刻むおでん種やさんでありながら、常に新しい挑戦を試みる姿勢は素晴らしいと思う。
今回購入したものは時計回りに12時から、はんぺん、紅しょうが入り、野菜ボール、カレーボール、すじボール、五目揚げ、シューマイ巻き(中央)。この他にちくわぶと結び白滝、結び昆布を購入。おでん汁は顆粒を小分けにしたものを販売しているが、名称は「おでんの味」なのでチヨダのものと推察する。また、和からしもチヨダのものだった。チヨダのからしはぬるま湯に溶いて使うのだが、水気を多めにすると辛味が効いて本当に美味しい。なお、焼きちくわはイゲタのものだった。
弾力と柔らかさがベストバランスの練り物おでん種
下茹でした大根と玉子も加えて調理を開始。ひとつひとつのおでん種は比較的大きめなので、多く詰め込みすぎないほうがよさそうだ。
東京おでんだねの筆者は北区で幼少時代を過ごしたが、おでんは小台や熊野前辺りのものをよく食べていた。大阪屋も馴染みがあり、食べるととても懐かしい気持ちになる。イトヨリダイとクロカジキを使用しているという練り物は、弾力と柔らかさのバランスが素晴らしい。
五目揚げは人参、ゴボウ、タコが入っている。煮過ぎるとどんな野菜でも柔らかくなってしまうものだが、タコの弾力は残るのでアクセントとして最高の具材だ。一般的に五目揚げというと具材はすべて野菜になるのだが、タコのチョイスは非常にクリエイティブだと思う。
シューマイ巻きは、Facebookの「おでん種スーパースター列伝」の愛ある文章を引用したいと思う。
子供の頃、矢崎稲荷神社の横に来ていた屋台のおでん屋さんで、よく買い食いをしておりましたが、このシュウマイ巻は高くて手が出せなかった記憶があります。
確か昭和54年ごろで80円位だったかなぁ。
そして食べたときのうまさが当時の私にとっては衝撃的だったこともあり、今でも私にとっては高嶺の花のおでん種になっております。
最近のシュウマイ巻は作るとき、すり身にシュウマイを埋め込んで揚げるところが多いですが、当店のシュウマイ巻は職人さん(うちの社長)が丁寧にすり身を巻いて仕上げている正真正銘のシュウマイ“巻”なのでございます。
上の写真をご覧いただきたいのだが、確かに練り物のうねりがきちんと”巻いてある”。焼売巻きは味だけでなく、おでん鍋を飾る高級のおでん種だ。白い焼売の周りを練り物が囲み、中央にグリーンピースが鎮座する宝石のような存在。Facebookを見ると上記の引用は台東区出身の旦那さんの思い出であり、シューマイ巻を作っているのは大阪屋を継がれた店主である奥様。旦那さんの焼売巻きに対する「高嶺の花」のイメージと奥様の職人のこだわりが結実して、ひとつの思いとして作品になっているように感じる。
紅しょうが入りは生姜の風味が強くて清々しい。マンネリになりがちなおでんの中で箸休めになる存在だが、程よい大きさなので何度も口に運びやすい。
野菜ボールは通常のおでん種やさんでいうボールのポジションだが、大阪屋では玉ねぎのみじん切りが入っている。魚のすり身のみのボールに比べて甘みが増すので非常に食べやすい。
カレーボールは少し大きめで、カレーの風味が強め。存在感があり、カレーボール好きにはオススメだ。「おでん種スーパースター列伝」では「足立区・荒川区・北区にみられるおでん種」だというが、東京各地のおでん種やさんを回っているとほぼすべてのおでん種やさんでカレーボールを扱っている。それぞれのお店で個性的なカレーボールを作っているのは興味深いところだ(詳しくは東京おでん種カタログのカレーボール参照)。
魚のすじをボール状にしたすじボールは現在巡った中では大阪屋のみのおでん種で、アオザメとヨシキリザメを使用した自家製だ。ボール状にすることで筒状のものより身の締まりがあるように感じられ、型崩れせず味も濃縮されたような印象になる。
はんぺんは石巻の業者から仕入れたもの。以前は自家製だったそうだ。購入した際に丁寧に包んでくれていたのが印象的だった。程よく形を留めつつ、フワフワの食感がとてもよい。鮫のうまみもありながら非常に上品な味わいだった。結び昆布は一等級のさおまえ昆布を使用している。再びFacebookの「おでん種スーパースター列伝」によると、
さおまえ昆布は通常の昆布漁が始まるよりも早い時期(6月頃)に採った昆布です。成長した昆布の昆布漁解禁を棹入れ(さおいれ)というため、その時期の前に採取された昆布なので『棹前昆布』(棹入れ前の昆布)とよばれています。棹入れ前の早い時期に採りますので、実がしっかりつく前の昆布になり、葉が柔らかく厚さが薄いのが特徴です。また、そういう状態なので早く煮え、野菜のような感覚で気軽に煮て食べられる昆布です
結び白滝は大きく、とても食べ応えがある。やはりこれくらいの大きさに結ばれていると噛んだときの充実感とおでん汁の溢れる量の多さが違う。スーパーなどで売られている市販の白滝もぜひ参考にしてもらいたい。ちくわぶは生のもので、下茹で時間が少なくても十分に柔らかい。以前紹介した川口屋のちくわぶ同様に、小麦粉と塩のみを使用している。
創業以来80年以上続く老舗ながら、新しいおでん種を開発したり、Facebookを利用するなど新たな挑戦を続ける大阪屋。店主ご夫婦もお若いのでこれからも精力的に活動していただき、東京のおでん種やさんの文化を牽引していただきたいと切に願う。この記事をご覧いただいた方にはぜひ大阪屋のWebサイトやFacebookをチェックしていただき、ご自身の舌で大阪屋の心意気を味わっていただきたいと思う。
おでん種専門店大阪屋の基本情報
おでん種専門店大阪屋
〒116-0011 東京都荒川区西尾久3-22−15
03-3893-7937
定休日:日曜、祝日
営業時間:10:00~19:00
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