浜野商店は北区赤羽1丁目で長年営業を続けるこんにゃく専門店だ。卸だけでなく工場(こうば)で直売も行っている。
浜野商店は地元密着型のこんにゃく専門店で、インターネットなどのメディアではほとんど紹介されていない。以前はこんにゃくだけでなくちくわぶも製造していた。弾力がありながら、きめ細やかな舌触りのこんにゃくにはおかみさんの愛情が込められている。
100年近く赤羽でこんにゃくを作り続ける浜野商店
東京を代表する飲み屋街のひとつ、赤羽一番街商店街。鯉と鰻料理の「まるます家」や昭和の雰囲気を残す居酒屋「とんぼ」など、魅力的な飲食店が多く集まる。
おでん好きには立ち飲みできるおでん種専門店、丸健水産があることでも有名だ。日の暮れる前からお客さんが集まり、平日でも賑わいをみせている。
商店街の北側へ続く道を進んだ先に今回紹介するこんにゃく専門店の浜野商店がある。赤羽駅から徒歩で向かうと7分ほどかかるが、東京メトロ南北線の赤羽岩淵駅を利用すれば1分ほどで到着する。
登記上、浜野商店の創業は昭和31年(1956年)となっているが、昭和初期にはすでに営業していたという。
一見すると何の変哲もない工場(こうば)のため通り過ぎてしまうが、店先のプレートに「こんにゃく、白滝、竹輪ぶ、小売いたします」と書かれているとおり、こんにゃく製品を一般客向けに直売している。
購入する際は声をかけるかその場でしばらく待っていれば、奥からおかみさんが出てきてくれる。欲しい商品と個数を伝えれば、手際良くポリ袋に包んで会計してくれる。
浜野商店は大正11年(1922年)生まれの先代店主が幼少の頃から営業していたそうなので、100年近い歴史があると思われる。先代は小学生の頃からお店を手伝い、早朝から商品を荷車に乗せて売り歩き、学校にはよく遅刻していたそうだ。
現在は2代目店主となるおかみさんが営業を続けている。浜野商店に嫁いだが、若くして旦那さまを亡くされ、育ち盛りの息子さんたちの面倒を見ながら25年以上こんにゃくづくりに励んできた。丁寧な接客で人当たりのよい素敵な女性だ。
現在販売しているのはこんにゃくと白滝、ちくわぶだが、白滝とちくわぶは近所の川口屋から仕入れている。ちくわぶは浜野商店でも製造していたが、作り手だった先代のおかみさんが引退されたことにより久しく製造していない。工場にはちくわぶの製造に使用していた機械が静かに眠りについていた。
おかみさんにお話をうかがっていると、常連客の女性が買い物にやってきた。お店のすぐ隣にお住まいで、郵便局に行くついでにこんにゃくを買いに寄ったのだという。おかみさんと3人で、しばし世間話に花を咲かせる。ご近所同士のリラックスした会話を楽しみながら、作りたてのこんにゃくを手軽に購入できるという幸せ。昔ながらの商店だけでしか味わえない、最高の贅沢だと思う。
浜野商店の商品でおでんをつくる
浜野商店では3種類の商品を購入した。さらに、おかみさんのご厚意で白こんにゃくをおまけしていただいた。
時計回りに左上から、ちくわぶ、手巻き白滝、白こんにゃく、黒こんにゃく。浜野商店の取り扱いは、この4種類ですべてとなる。
こんにゃくと白滝は下茹でして灰汁(あく)を取り、ちくわぶも軽く下茹でしておでんにした。それほど長い時間は煮ていないが、どれもしっかりと味が染み込んで美味しくできあがった。
黒こんにゃくはほかのお店のものよりも濃い色をしていて、ひじきなどの海藻粉を使用した黒い粒もきめ細かい美しい仕上がりとなっている。
表面に格子状の切れ込みを入れて味を染み込みやすいようにした。弾力があってぷりんとしているが、舌触りはとても滑らかだ。汁もよく染み込んでくれ、非常に味わい深い。
白こんにゃくは、おかみさんいわく「2種類のこんにゃく粉を混ぜているので、すこし色がついている」そうだ。こちらもきめ細やかで美しい表面をしている。
おかみさんがひとつひとつ丁寧に愛情込めて作っており「他のお店ではなかなか出会えない、自慢のこんにゃくになっている」と自信たっぷりに話してくれた。黒こんにゃく同様に弾力がありながら、繊細で上品な舌触りとなっている。
ちくわぶはちくわぶ料理研究家の丸山晶代さんお墨付きの有名店、川口屋のものだ。パックされていない通称「ハダカ」と呼ばれるもので、下茹でしなくても十分に柔らかく、味が染み込むようになっている。
軽く煮ただけでも表面がとろりと仕上がりながら、小麦のやさしくフレッシュな風合いを残している。やはり川口屋のちくわぶは絶品だが、浜野商店がつくるちくわぶも食してみたかった。
白滝も川口屋から仕入れたものだ。手巻き白滝と呼ばれる大きなもので、1本が非常に長い。自分で結びたい場合は、こちらのほうが扱いやすくて重宝する。なお、結び方は「おでんの白滝の結び方・巻き方」という記事を参考にしてほしい。
若干細めに仕上げているため、おでん汁をたっぷり含んでくれる。ぷつぷつとした弾力を楽しめるが、適度に柔らかくなって食べやすい。
静かに姿を消す、街の名店たち
浜野商店は赤羽の地で100年近く営業していながら、メディアにはほとんど登場していない。こんにゃくの品質も素晴らしく、これまで注目されていなかったことが不思議なくらいだ。
おそらく東京には、浜野商店のような知られざる名店がたくさん存在するのではないかと思う。知名度が必ずしもその価値を表すものではないのだ。
時代は進み、このような街の名店はすこしずつ姿を消している。おかみさんによると、卸先の豆腐店も減り続け、現在では1軒を残すのみとなったそうだ。浜野商店も後継者がいないため、おかみさんの代でお店を閉める予定だ。
こんにゃくの製法について語るおかみさんの嬉しそうな表情を眺めながら、いつまでもこのような街の名店が残り続けてほしいと思った。赤羽に出かける機会があれば、ぜひ浜野商店に立ち寄って、おかみさんの愛情がこもったこんにゃくを手に入れてもらいたい。
浜野商店の基本情報
浜野商店
〒115-0045 東京都北区赤羽1-56-1
03-3901-5497
定休日:日祝
営業時間:10:00〜19:00