八王子市横山町の西放射線ユーロードにある小田原屋では、夏季限定で揚げたてのさつま揚げ(揚げ蒲鉾)を販売している。今回はできたてのさつま揚げと、バラエティに富んだ魚介のお惣菜を紹介する。
小田原屋に前回訪れたのは2年前。そのときも季節は夏だったが「揚げたてのさつま揚げ」なる夏季限定サービスは行われていなかった。小田原屋のWebサイトを見てその存在に気づき、どのようなものなのかを確かめに八王子まで向かった。
明治34年創業、仕出し屋からはじまった小田原屋
前回記事「小田原屋のおでん種」にもあるとおり、小田原屋は明治34年(1901年)に仕出し屋(注文を受けてから料理や弁当を作って配達するお店のこと)として営業を開始し、現在は5代目店主が経営する老舗の蒲鉾(おでん種専門)店だ。
揚げ蒲鉾をはじめとしたおでん種だけでなく、鮮魚、鰻の蒲焼、焼き魚や刺身、お惣菜など魚に関するものはなんでも揃う。
店内をのぞくと、所狭しとさまざまな商品が並べられており、まさに魚料理のテーマパークといった趣だ。ぐるりとまわるだけで、ほしい商品がいくつも現れる。今回は5代目店主に対面できたので、いろいろと貴重なお話をうかがえた。
揚げたてのさつま揚げの美味しさを知ってもらいたい!
5代目店主が小田原屋を受け継いだのは40代になってからで、当時は蒲鉾の作り方はおろか、魚の捌き方さえもわからなかったという。そこで、小田原の老舗である籠淸(かごせい)の門をたたき、ベテラン職人のもとで修行に励んだ。その後も水産加工大手企業で魚を捌く技術の研鑽を重ねたという。
小田原屋のさつま揚げ(揚げ蒲鉾)は、店主の修行の成果が表れた自慢の商品だ。食物アレルギーを持つ子どもたちのために卵白や小麦はいっさい使用せず、職人の技ですり身に弾力を持たせ、安全で美味しい蒲鉾を作り出す。会社員時代に経営を学んだ店主は利益を追求することも必要だと理解しているが、「お客さまに安心して食べてもらえなければ意味がない」というこだわりを持ち続けている。経営と職人気質のバランスに長けている稀有な存在といえよう。
そんな小田原の揚げ蒲鉾をもっと多くの人々に味わってもらいたいという願いから、この夏「揚げたてのさつま揚げ」という商品を期間限定販売している(2021年9月30日まで)。注文が入ってから魚のすり身に具材を混ぜ、成形し、油で揚げて提供する。人気各種のセットでも、単品でもオーダーが可能だ。
この商品、揚げたてのさつま揚げを食べたことがない方には想像しにくいだろうが、かなり贅沢なサービスだ。さつま揚げは煮ても冷やしても美味しいのだが、じつは揚げたてがいちばん美味しい。
店内で揚鍋から取り出してすぐのものを試食させていただいたが絶品だった。油のうまみがからりとしながらもじゅわっと口の中に広がり、ほくほく、もちもちとしたすり身の食感とジューシーさがたまらない。セット購入も必須だが、1品はその場で食べてみるといいだろう(ただし、店内は原則飲食禁止)。
ケースに陳列されている揚げ蒲鉾もその都度揚げているので、タイミングがあえばどちらも「揚げたて」ではある。しかし、売り場が奥にあってご新規さんが入りにくいので、購入しやすいように揚げたてサービスを店頭で紹介しているそうだ。
なお、お客さんが味わう状況を考えて、揚げたて用とおでん用で微妙に調理方法をアレンジしている。「美味しいと感じてもらえれば、違いに気づかなくてもいい」と店主は話していたが、マニアとしては非常に興味深いお話だった。
じつはこの揚げたての企画は、若手の揚げ蒲鉾担当の方が主導しているという。店主の指導のもと修行を積み、多くの人々にさつま揚げの美味しさを味わってほしいと願いながらアイデアを膨らませ、商品開発と製造を行っている。高齢化した水産練り物業界に若い世代が参入していることは、本当に喜ばしいことだ。
揚げたて以外に、陳列している揚げ蒲鉾も担当の方が責任をもって製造している。オフシーズンなので商品は少なめだが、10月以降はこのケースが満杯になるくらいに商品が並ぶ。
常連の方は「涼しくなってきたから」と言いながら、おでん用の揚げ蒲鉾を購入しにやってきていた。地元の方で昔から小田原屋を利用しているという。「小田原屋のものでないと、おでんにならない」とおっしゃっていた。ケースに陳列されていないものは、その場でオーダーして揚げてもらっていた。小田原屋では可能なかぎり、お客さんの求める商品をその場でつくる。臨機応変に顧客のニーズに寄り添うのも、このお店の魅力だ。
通常のおでん種専門店とは異なり、小田原屋では自分で好みのおでん種を選べるようにボウルとトングを用意している。店主は「手作りなので、同じ種でもそれぞれ微妙に違う。好みを選べる喜びがある」と説明してくれたが、パン屋さんのようなうきうき感を得ることができて秀逸なシステムだと思った。
東京おでんだねの筆者がオーダーしたさつま揚げの完成を待っていると、魚屋歴40年以上のベテラン板長が焼きちくわを並べにやってきた。「この青森産の焼きちくわは本当に美味しいよ」と言うと、常連さんが「本当に美味しいのよ」と口を揃えた。
のぞいてみると、丸石沼田商店の牡丹焼きのちくわだった。こちらのちくわは本当に美味しい。鮮度のよい魚肉を御影石の臼と桜の木の杵で丹念にすって、22メートルの長い焼炉で焼きあげた逸品だ。「一般のものとは味も食感もまるで違う。私の家はずっとこれ」と常連の方が力説していたが、筆者も同じ意見だ。
小田原屋では揚げ蒲鉾や焼きちくわのほかに、おでんの具材はなんでも揃う。注目は蒟蒻や白滝だ。明治14年(1881年)創業の八王子の名店である中野屋商店、青梅市の御嶽山にある向山食品の商品を取り扱っている。
地元のお客さんに寄り添う小田原屋の心意気
せっかく小田原屋に来たのなら揚げ蒲鉾以外の商品も見ていこう。お店で調理したもののほかに、プロの眼によって選りすぐられた商品が並ぶ。
鮮魚や焼き魚、鰻の蒲焼、刺身、加工品、お惣菜など多くの商品を取り揃えている。板長や若手の店員さんに話しかけると丁寧に教えてくれるので、気軽に相談してみよう。
昨今の新型コロナウイルスの影響によって家飲みが盛んになっているが、お酒のお供に最適な塩辛などの商品を多数揃えている。自家製のいか塩辛、甲いかのカニみそ、梅水晶、タコチャンジャやカレイのえんがわなど、合計7種類もある。どれも日本酒や焼酎によく合いそうだ。店主が複数の商品を実際に味わって、厳選したものを店頭に並べている。
鮮魚も旬のものが豊富だ。豊洲市場と八王子の市場から仕入れているそうだ。刺身にしてもいいし、煮付けにしてもいい。焼いて食べても美味しそうだ。目的に応じて店内で捌いてくれる。
家で焼いて食べるなら、店頭で備長炭で焼き上げる焼き魚を購入してもいい。最近は近隣にマンションが立ち並ぶようになり、煙や臭いに気をつかわなければならないお客さんに大人気だという。鮎やとろ赤魚、サンマ、カマスなど種類も豊富だ。
電話をすれば、好みの魚を焼いておいてもらうこともできる。「キッチンがわりに使って、美味しい魚を食べてほしい」と店主が説明してくれたが、なんとも贅沢このうえない。炭火で炙られる魚の美味しそうな姿をご覧いただきたい。
美味しそうだったので、似たような写真を余分に追加しておく。家でもキャンプでもこんな贅沢は味わえない。小田原屋付近の住民は、本当に幸せだと思う。
刺身も新鮮なものが揃っている。わさびをつけて、きりりと冷えた日本酒でゆっくり味わいたい。
実は刺身も「ちょい盛」なるサービスがある。毎週土曜に好きな刺身をチョイスして盛り付けられるのだ。揚げたてのさつま揚げ、オーダーできる焼き魚、そしてこのちょい盛。まさに小田原屋は「キッチンがわり」になる存在だ。
店先には大きなフライキ(大漁旗)が飾られているが、小田原屋の商品やサービスは、このフライキに染め上げられている「地元においしい幸せを」という文字を体現しているように思える。顧客のニーズに寄り添って、真摯な姿勢で向き合っているのだ。また、筆者のような地元以外のお客さんに対してもあたたかく迎えてくれる。陽気な板長は気さくに話しかけてくれ、冗談を言い合うような楽しい時間を過ごすことができた。
地元を大切に想う気持ちは、地域の社会貢献活動でも見て取れる。小田原屋では、さつま揚げ作り教室や魚の解体ショーなどの食育活動や社会科見学の協力、ラグビーを通した支援活動などを継続的に行っている。
店主は揚げ蒲鉾担当の若い職人さんに対しても「店で修行を積んだら外に出て活躍するのもいい。自分の可能性に挑戦してもらいたい」とおっしゃっていた。目先の利益を超越した未来志向の考え方は非常に先進的であり、同時に昔ながらの人情や思いやりを感じる。
八王子に立ち寄ったら購入したい、つるや製菓の都まんじゅう
小田原屋で店主のお話をうかがい、ついつい長居をしすぎてしまった。家に戻って調理(といっても今回は盛り付けるだけ)をしようと駅に向かうかたわら、つるや製菓の都まんじゅうに惹かれて購入して帰った。
つるや製菓の都まんじゅうは八王子、平塚、沼津市に展開しているが、別の会社から同じ商品が売られていたり、異なる名前で全国各地で販売されている。福岡県にある城野鉄工所が饅頭の製造機械を「都まんじゅう」と命名して全国に販売したが、一部のお店は別の名前をつけたのだという。
カステラ生地のなかに白あんが入っており、まろやかでほっこりとする懐かしい味わいだった。同じ通りに八王子最古のラーメン屋といわれる「竹の家」もあり、小田原屋に訪れた際には八王子界隈を散策をして帰ると楽しいのではないかと思う。
小田原屋の揚げたてさつま揚げとお惣菜を味わう
帰宅して、さっそく購入した小田原屋のさつま揚げとお惣菜を盛りつけることにした。さつま揚げのほかに、しまほっけの焼き魚とイカの塩辛、イカ軟骨からしマヨを手に入れた。
さつま揚げは時計回りに12時から、爆弾、紅しょうが、旨辛海鮮Mix、タコボール、ぎょうざ。
揚げたてさつま揚げを購入すると紙製のボックスに入れてくれる。今回は、揚げ蒲鉾担当の方におすすめのものを選んでいただいた。
旨辛海鮮Mixは豆板醤がベースとなり、辛いもの好きにはたまらない逸品。アサリ、タコ、貝柱が入っており、海鮮のうまみがにじみ出る。すり身で口当たりがマイルドになるので、辛いものが苦手な方にもおすすめだ。
今年発売を開始したそうだが、単品としての完成度が高い。からしや薬味をつけず、そのまま味わいたい。おでんに入れる場合は、汁に中身の豆板醤を溶かしながら食べたら最高なのではないだろうか。
旨辛海鮮Mixの調理の模様がYouTube「【八王子グルメチャンネル】第15話 小田原屋~お弁当特集~」に取り上げられているので、ぜひご視聴いただきたい。
爆弾は鶏卵がまるごと1個入った揚げ蒲鉾で、長崎などでは龍眼と呼ばれている。小田原屋の爆弾は味玉子を使用しており、通常のものに比べてうまみが強い。厚めにスライスして酒の肴にしても美味しいだろう。
ぎょうざはいわゆる餃子巻だが、すり身から出ている餃子の端がかりかりに揚がっていて香ばしさがたまらない。逆にすり身のなかに潜む餃子はふんわりジューシーで、異なる美味しさを味わうことができる。
紅しょうがは紅生姜のほかに切り昆布が入っている。紅生姜を贅沢に使っており、独特のさっぱりとした風味が心地よい。また、すり身の美味しさを引き立てている。
タコボールは刻んだタコのじんわりとしたうまみが癖になる。マヨネーズやソースをかけて、たこ焼き風にしても美味しいだろう。
自家製いか塩辛は、濃厚なイカのワタのうまみが身震いするほどの美味しさ。塩加減もちょうどよく、手が混んでいる印象だ。いか軟骨からしマヨは、軟骨のこりこりしつつ柔らかい食感が心地よく、からしマヨネーズの味がしっかりとからみついてくる。ついつい飲みすぎないように注意が必要な危険な2品だ。梅水晶などほかの商品も俄然気になってくる。
焼き魚はシマホッケを購入した。ほのかに炭火の香りが漂い、うまみが凝縮された脂がこのうえなく美味しい。ふんわりしながらも肉質がしっかりした身もたっぷりついている。
シマホッケはロシアのオホーツク海で獲れる魚で、体の表面に縞模様があり、通常のホッケよりも脂の乗りがよいとされている。家庭で調理するのもいいが、炭火で焼いた小田原屋のものは格別の味わいだった。
120年間、顧客に心を込めて美味しさを伝える小田原屋
明治34年(1901年)に創業してから120年、変わらぬ美味しさを提供し続ける小田原屋。その美味しさはただ同じことを続けるだけではなく、顧客のニーズに寄り添って、新たな創造の積み重ねを行なってきたからこそ成しえたものだと思う。
旨辛海鮮Mixのような若い世代に好まれる商品を開発しながら、常連の高齢者にも優しく接している姿勢には多くの店が学ぶべきものがたくさんあるような気がした。また、小田原屋で働く若者からベテラン世代が一丸となって、顧客に礼儀正しく接している姿が印象的だった。
秋冬シーズンも魅力的なおでん種が出揃うため、再度訪問して記事にしたい。小田原屋で新たな商品やサービスに出会えることを、今から楽しみに待ちたいと思う。
小田原屋の基本情報
小田原屋
〒192-0081 東京都八王子市横山町10−9
042-642-1402
定休日:水曜、祝日
営業時間:10:00~18:00
小田原屋のWebサイト
YouTube「【八王子グルメチャンネル】第15話 小田原屋~お弁当特集~」