文京区大塚の栄屋蒲鉾店が2020年3月をもって閉業する。昭和25年に創業し、小田原で細工蒲鉾を作っていたお店がルーツのこのお店は、三代目店主ご夫婦のあたたかな人柄とふわふわの優しい味のおでん種が特徴の名店だった。
年の瀬の2019年12月30日、おせち用の蒲鉾とはんぺんを手に入れようと栄屋蒲鉾店へ向かった。こちらのお店は東京おでんだねの拠点近くにあるためよく利用していた。栄屋蒲鉾店は普段、小田原の丸う田代の蒲鉾を扱っているが、年末だけ店主がひとつひとつ手作りしている。はんぺんも1年を通して手作りしており、きめ細かい舌触りが魅力の逸品だ。
年末のおでん種専門店はどのお店も大忙しとなる。筆者のようにおせち料理の具材やお休み中に食べるおでん種を求めにやってくるお客さんでごったがえすからだ。あるお店の店主によると「1年のうちでいちばん忙しい」のだという。
栄屋蒲鉾店にも多くのお客さんがひっきりなしに訪れていた。ほとんどが常連の地元客で、年末の挨拶もかねているようだった。普段は店主とおかみさんのふたりだけだが、この日は息子さんや娘さんと思われる方たちも手伝いに来ていた。
お店の前にはお正月用の紅白の蒲鉾、手作りはんぺん、伊達巻、田作りや黒豆などが並んでいた。蒲鉾を持つとずしりとしていて食べ応えがありそうだ。
おでん種も並んでいたがすぐに売れてしまうようで、店主が調理場ですり身と具材を混ぜつつ次々と揚げていた。蒲鉾とはんぺん以外におでん種も購入しようと選んでいると、「スタミナ揚もすぐ揚がりますよ」とおかみさんがおっしゃったので、そちらも頼むことにした。
スタミナ揚を待つ間、「年末は忙しいですよね」と話題をふると、おかみさんは「そうですね、でも来年3月でお店を閉じようと思っているから最後の年末です」と返答された。衝撃の事実に思わず「え〜っ」と声を上げてしまった。前回お伺いした際に店主の代でお店を閉めるとはおっしゃっていたが、そのときがこんなに早く訪れるとは思わなかった。
栄屋蒲鉾店は昭和25年(1950年)の創業で、元々は小田原の細工蒲鉾のお店がルーツだという。
三代目の店主によると、小田原で数十年、戦前に品川区の荏原に移り、最終的に日出町に店を構えることになったという。それを鑑みるに、栄屋蒲鉾店の歴史は昭和25年よりももっと前になるだろう。70年以上続いたお店が終わってしまうのは本当に残念だ。
いつもおまけしてくれる、おでん汁がパンパンに詰まったビニール袋を持ちながら、本当に残念だなあとうなだれつつ帰路についた。おかみさんによると、ほかの常連さんも同じように「残念だ」と口にしているのだという。栄屋蒲鉾店のお中元やお歳暮を楽しみにしている人たちも、きっと残念がるに違いない。
家に戻ってから蒲鉾の外観をあらためて眺めてみる。成形は手だろうか、それとも機械だろうか。つやつやと均一の美しい形をしているが、手作りならではのぬくもりを感じる。お正月に食べるのが楽しみだ。
おでん種ははんぺんを含めて7種類を購入した。時計回りに12時から、半ペン、利久揚、やさいボール、手作りつみれ、スタミナ揚、うずら巻、ぎょうざ巻(中央)。
大晦日はおでんにして栄屋蒲鉾店のふわふわおでん種を堪能した。「今年は本当におでん種ざんまいの1年だったなあ」などと思いながら、2019年最後もおでんで締めた。
前回の記事では紹介しなかった利久揚とうずら巻を紹介しておこう。
利久揚は平たい形状のすり身に人参や長ネギが混ぜ込まれている。野菜のうまみがきちんとしてとても美味しい。じつはおかみさんが1枚おまけしてくれた。
うずら巻はうずら玉子が2つ串刺しになっている。もこもこの外観が可愛らしく、うずらの黄身のやさしい味わいにほっこりする。
そして年が明けてお正月。蒲鉾とはんぺんはおせち料理に変身。紅白の蒲鉾が華やかな印象を与えてくれる。控えめな味わいで、市販品では出せない上品さが漂っている。
はんぺんは伊達巻の材料となった。こちらも市販のはんぺんでは出せない、うまみがしっかりと残る伊達巻ができあがる。
栄屋蒲鉾店のふわふわでやさしい味わいのおでん種は、店主やおかみさんのおだやかな性格をあらわしているようだ。雨の日には傘の心配をしてくれたり、調理に関する質問に真剣に答えてくれたり、栄屋蒲鉾店の思い出は尽きない。また、文京区のおでん種専門店が1軒もなくなってしまうのも残念だ。3月まで営業しているので、足しげく通いたいと思う。店主ご夫婦にはしばらくゆっくり休んでいただいて、これからもお元気に過ごしていただきたいと思う。
栄屋蒲鉾店の基本情報
【2020年3月閉業】栄屋蒲鉾店
〒112-0012 東京都文京区大塚6-17-2
03-3941-7500
定休日:日曜
営業時間:9:30~18:00(冬場はもう少し長く営業)