栄屋蒲鉾店は文京区大塚と豊島区東池袋の境にある日出優良商店会で営業を続けるおでん種専門店だ。昭和25年創業で、小田原で細工蒲鉾を作っていたお店がルーツだ。三代目店主ご夫婦のあたたかな人柄と、ふわふわの優しい味のおでん種が特徴の名店だ。
残念ながら栄屋蒲鉾店は、2020年3月をもって閉業する。
都電沿いに商店が立ち並ぶ日出優良商店会
池袋のサンシャインシティから南側、東池袋にある日出優良商店会。東池袋に変わる前、ここは日出町という町名だった。
日出優良商店会は豊島区と文京区の境目にあり、都電荒川線と並行して商店が立ち並んでいる。地元の方ならご存知だろうが、かつて池袋周辺は小さな家屋や商店が立ち並び、下町風情が漂っていた。池袋は名前のとおり池や沼、小川などが多く、井戸がそこかしこに存在した。現在でも残っているので、散策時に探してみるとよいだろう。
現在の日出優良商店会は商店が少なくなってしまったが、かつてはとても賑わいのある商店街だった。YouTubeで平成2年(1990年)当時を記録した映像が残されているので、ぜひご覧いただきたい(外国の方が記録されているのが感慨深い)。この映像を見ると商店街を抜けるのも大変なほどの人で賑わっていて、今回紹介する栄屋蒲鉾店も映っているし、ほかに2軒あったおでん種やさんのひとつも映っている(1軒は駿河屋というおでん種屋さんだが、映像に記録されているのは別の店舗)。
筆者の母が南池袋や雑司が谷、東池袋が地元で、日出優良商店会にもよく足を運んでいたという。私自身もここには小さな頃から訪れていたので、現在の閑散とした風景を見ると時代の移り変わりを感じる。
小田原の細工蒲鉾がルーツの栄屋蒲鉾店
栄屋蒲鉾店は日出優良商店会の東側にある。豊島区と文京区のちょうど中間地点で、栄屋蒲鉾店の住所は文京区大塚となる。
栄屋蒲鉾店は昭和25年(1950年)の創業で、元々は小田原の細工蒲鉾のお店がルーツだという。
三代目の店主によると、小田原で数十年、戦前に品川区の荏原に移り、最終的に日出町に店を構えることになったという。それを鑑みるに、栄屋蒲鉾店の歴史は昭和25年よりももっと前になるだろう。
二代目までは細工蒲鉾を作り続け、刃のないつけ包丁で細かい細工を施していたという。鶴の装飾や「宇治橋」と呼ばれる蒲鉾上部に模様をあしらったもの(丸う田代のWebサイト参照)など職人技術の粋を凝らしていたそうだ。蒲鉾が柔らかいので、通常は蒸しながら細工を施すが、栄屋蒲鉾店では生のまま作ったそうだ。
お店の左側には練り物のおでん種が約20種類ほど並ぶ。定番ものも揃えつつ、深川揚、えだ豆コーン揚、つまみごぼうなど趣向を凝らした変わり種も多い。
はんぺんは現在も手作りのものを販売している。つみれももちろん手作りだ。魚のすじはよい原料が調達しにくいので作っていないそうだ。練り物以外のおでん種も揃えており、焼きちくわや結び昆布などもある。
小田原蒲鉾のDNAを受け継ぐ栄屋蒲鉾店らしく、板蒲鉾も販売している。名店丸う田代の蒲鉾を扱っているが、年末は栄屋蒲鉾店で手作りして販売しているそうだ。
栄屋蒲鉾店の三代目店主は70代後半ながら、とてもお元気で優しくハンサムな方だった。店主は杉並区の堀ノ内の丸佐(〇佐、まるさ)かまぼこ店とも関係があり、そのほかのおでん種専門店の店主とも交流がある。おかみさんも品がありながらも人懐っこい性格で、かつ美しい方だった。お忙しいときに手を止めて筆者の質問にいろいろと答えていただき、本当に感謝である。残念ながら店主の代でお店を閉める予定だそうで、70年以上掲げてきた看板もおろすことになりそうだ。
ふわふわの優しい味が特徴の栄屋蒲鉾店のおでん種
栄屋蒲鉾店では12種類のおでん種を購入した。「いつもはもっとたくさんあるんだけどね」と店主はおっしゃっていたが、個性きわだつおでん種ばかりなので、12種類もあれば十分その魅力がわかるだろう。
時計回りに12時から、半ペン、ごぼう天、スタミナ揚、しゅうまい巻、ぎょうざ巻、きくらげ揚、深川揚、えだ豆コーン揚、つまみごぼう(中央上)、やさいボール(中央右)、手作りつみれ(中央左)。このほかにちくわぶを購入した。
栄屋蒲鉾店では顆粒のおでん汁の素を販売しているが、液体のおでん汁をサービスしてくれる。ビニール袋にずっしり大量に入れてくれる。薄口だが、関東のおでん汁らしく昆布がよく効いた鰹の合わせ出汁だ。
おでんとしてだけでなく、そのまま食べても美味しいそうで「おでんにする場合は練り物は5分程度温めるだけで十分」とアドバイスをいただいた。大根やちくわぶを下茹でしてから、練り物のおでん種を投入し、最後にはんぺんを入れる。
おかみさんが「はんぺんは醤油につけても美味しい」と教えてくれた。栄屋蒲鉾店の半ペンはひとつが非常に大きいので、半分はそのまま食べてみることにした。きめ細かい舌触りながら、身がぎっしりと詰まっていて弾力も程よく食べ応えがある。すり身のうまみが香りとともに口中に広がってとても美味しかった。
おでん汁がほんのりと染み込んだ半ペンもふんわり、じゅわっとして美味しい。練り物の魚のすり身はとても優しい味がする。おでんの汁気を吸い、魚の甘みとうまくからみあう。
えだ豆コーン揚は魚のすり身に枝豆とコーンを混ぜ合わせたおでん種。一般的に枝豆とコーンは別々の種として用いられるので珍しい。コーンの甘みと香りのよい枝豆の風味がこんなに合うものかと感動する。
深川揚はアサリと長ネギが入っている。大粒のアサリの磯の香りがとてもよく、長ネギも爽やかな風味があり臭みがまったくない。
つまみごぼうは長い棒状のごぼうに、魚のすり身を薄くからめてある。鍋で少し温めるだけで柔らかくなり、見た目よりも食べやすい。黒ごまと唐辛子のアクセントもすばらしい。お酒のつまみとしてそのまま食べても美味しそうだ。
栄屋蒲鉾店の練り物はとても柔らかいので、成形する際の扱いが大変なのではないだろうかと思うほどだ。東京には弾力の強いものが多いなか、これだけふわふわなのは珍しい。
やさいボールは人参と玉ねぎが混ぜてある。どちらも甘みが強く、栄屋蒲鉾店の優しいすり身の味とよく合う。
スタミナ揚はニラともやし、唐辛子が混ぜ込んである。箸で半分にすると、中からニラの香りがふわっと漂う。具材の組み合わせは他店と似ているが、栄屋蒲鉾店ならではの美味しさがある。ぜひ一度食べてみてほしい。
ごぼう天は笹掻きのごぼうを加え、木の葉型に揚げたものだ。シンプルながら、ごぼうのうまみを味わうには最高のおでん種だ。
最後は巻物のおでん種を中心に紹介していこう。今回はしゅうまい巻とぎょうざ巻をチョイスしたが、このほかに栄屋蒲鉾店ではチーズ巻、ウインナー巻、げそ巻などがある。
栄屋蒲鉾店のぎょうざ巻は魚のすり身が薄く巻いてある。餃子が表面に出ているので、皮がふわふわと柔らかくなり水餃子のようなふくよかな味わいを楽しめる。
しゅうまい巻はぎょうざ巻とは異なり、焼売が魚のすり身に完全に包まれている。焼売の挽肉と魚のすり身が混ざり合って優しい味わいになる。
きくらげ揚は木耳と細切りした人参が入っている。木耳のこりこりとした食感に人参の甘みが加わって、通好みの美味しさ。こちらもお酒によく合いそうだ。
手作りつみれは柔らかいが、ぷりぷりとした弾力が残されていて手作りならではの食感だ。刻んだ長ネギも入っており、まったく臭みを感じさせない。
できたておでんの店頭販売は、秋が始まる9月から春にかけて販売しているそうだ。需要が減るだけではなく、6月になると忙しくなって手が回らなくなるからだという。一般的なおでん種専門店は梅雨から夏にかけてはひと息つくのだが、栄屋蒲鉾店ではお中元の贈り物の注文がたくさん入るのだという。商店街のおでん種やさんのお中元なんて、なんだかおしゃれかもしれない。
栄屋蒲鉾店のおでん種を贈られた人たちは味を気に入って注文してくることが多いという。広告宣伝によってではなく、味を知って「またぜひ食べたい」と思ってくれるのがとても嬉しいと店主ご夫婦はおっしゃっていた。
店主はとても嬉しそうに先代やお店の歴史について語ってくれた。つけ包丁についても、わざわざ調理場から持ってきていただいた。「揚げたてのものをもうすぐ作りはじめるから食べていきなよ」とすすめてくれたり、おかみさんは少し雨がぱらつくと「傘持ってる?貸しましょうか」と親切にしていただいた。
池袋に新しい世代が住み始め、東池袋には大きなタワーマンションがいくつも建つようになった。日出優良商店会沿いにも新たなタワーマンションが完成した。その一方で、古い家屋は取り壊され、商店も減り続けていく。東京に複数軒あった日用品店のあんぱちや(岐阜県の安八町が由来)も日出優良商店会でつい最近まで営業していたが、店を閉じてしまった。名物店主のいる名前のない揚げ物屋さんも閉業して久しい。
南池袋公園のようにリニューアルして若い世代に喜ばれる街づくりも大切だが、一方で昔ながらの風景が消え去ってしまうのは残念に思う。栄屋蒲鉾店も過去には板橋や川崎市の小台に暖簾分けをしたほどの名店だが、店主の代で歴史に幕を閉じる。せめて今のうちに、より多くの人々にこのお店の味を知ってもらいたいと願うばかりである。
栄屋蒲鉾店の基本情報
【2020年3月閉業】栄屋蒲鉾店
〒112-0012 東京都文京区大塚6-17-2
03-3941-7500
定休日:日曜
営業時間:9:30~18:00(冬場はもう少し長く営業)