東京都府中市にある東京競馬場には本格的な東京のおでんが味わえるお店がある。今回はおでんともつ煮が名物の「よし野」を紹介しよう。
東京競馬場はジャパンカップや日本ダービーなどトップレースが開催される競馬ファンの聖地とも言える競馬場だ。昭和8年(1933年)に目黒から移転し、2023年に90周年を迎えた。
広大な敷地には公園やレジャー施設があり、競馬ファンでなくても楽しめるようになっている。また、飲食店は有名チェーン店から昔ながらの味わい深いお店まで70店舗以上が揃うため、好みの1軒を見つけることができる。今回は東京競馬場で40年以上営業を続ける「よし野」に訪れ、自慢のおでんともつ煮を味わってきた。
東京競馬場で競馬を観戦する
東京競馬場へのアクセス方法はいくつかある。京王電鉄京王線の東府中駅から東門へ徒歩10分、競馬場線の府中競馬正門前駅から正門へ徒歩2分、JR武蔵野線と南武線の府中本町駅から西門へ徒歩5分で到着する。
新宿から向かうなら府中競馬正門前駅を利用すると便利だろう。駅の目の前には専用歩道橋があり、奥には東京競馬場が目視できる距離にある。訪れた日はG1開幕戦であるフェブラリーステークスが開催されており、午前中にもかかわらず競馬ファンが多かった。
競馬期間中はふたつの入場方法があり、指定席券もしくは入場券が必要になる。10時30分頃までは混雑を避けるため、入場券の場合は歩道橋脇の坂を下って正門1階から入場する(西門も1階から、東門は区別なし)。今回は競馬ではなくおでんが目的なので、入場券をネット予約して向かうことにした。
入場すると目の前にフジビュースタンドと呼ばれる建物が現れる。東京競馬場のメインスタンドで8年の工期を経て平成19年(2007年)にグランドオープンした。場内は緑が多く、ローズガーデンもあることから美しいバラがいくつも咲いている。
正門の右手(西側)にはパドックがある。下見所とも呼ばれ、出走する馬のコンディションを確認できる場所だ。出走直前の馬の状態を確認することで、レースの検討に厚みが増すのだという。
馬が周回をはじめるとパドックは大勢の観客で埋め尽くされる。腹回りなどの身体の状態や「歩様(ほよう)」と呼ばれる歩き方、「イレ込み」と呼ばれる緊張や興奮度合いなどをチェックするそうだ。
フジビュースタンドを通り抜けると馬場(ばば)の景色が広がっていて非常に開放感がある。スタンド正面は南向きとなり、稲城市方面の景色を一望できる。ターフビジョンの左側に見えるアーチのような建物は多摩川に架かる是政橋だ。晴れた日にはスタンド西側に富士山を見ることができるが、これがフジビュースタンドの名前の由来となっている。
フジビュースタンドはとてつもなく巨大で、とりわけ迫り出した屋根の存在感がすごい。国内最大のスタンドといわれ、9階建てで高さは52mほどになり、全長は約380mある。これは横倒しした東京タワー(334m)よりも大きいことになる。
地下通路を渡ると馬場内に移動できる。コースを挟んでフジビュースタンドと隣接するメモリアル60スタンドの全景を眺めることができ、あらためて競馬場の巨大さに驚かされることだろう。馬場内には子ども向けの遊具が揃う馬場内キッズガーデンやキッチンカーが集うグルメエリアなどがある。
飲食店は馬場やパドック、スタンドなど至るところで営業をしている。東京競馬場でしか味わえない名物料理も多いので、各店をまわってみるのも面白いだろう。お昼時は長蛇の列ができるのでタイミングをずらして利用するといい。
馬場内投票所の屋上ではスターティングゲートから出走する馬たちを観戦できる。ぐるりと屋上内を移動しながら観戦しなくてはならないが、映像とは異なる臨場感を楽しめる。
ゴールライン直前はスタンドからの大歓声が真正面から響いてくる。歓喜、諦め、怒り、悲しみ、それぞれの感情がはっきりと分かれて伝わってくる。テレビやネットでは絶対に味わえない、競馬場ならではの体験だ。
芝生や公園でピクニック気分を味わう
場内には芝生席がたくさん設けられており、シートを広げてピクニック気分で観戦することができる。
スタンド前の芝生は人が多いが、東側の4コーナー付近は比較的空いている。背面には公園もあるのでのんびりと過ごすにはよいエリアだ。公園の向かいにはJRA競馬博物館がある。
体験乗馬やアトラクションホースショーを楽しめる乗馬センターも東側にある。体験乗馬は専用アプリから申し込んだあとに抽選で参加できる。訪れた日は子どもたちが笑顔を浮かべながら馬の背に揺られていた。
乗馬センターや正門近くのローズガーデンでは馬の放牧を行っている。レヴォルトソーというスペイン出身の誘導馬が迎えてくれたが、優雅な体躯に愛くるしい瞳で間近に見ると愛着がわいてくる。JRAでは東京競馬場に所属する誘導馬を一頭ずつサイトで紹介しているので、お気に入りの馬を見つけるのも楽しいだろう。
唐揚げ店「戸松」でおでんを楽しむ
さて、ここからは東京競馬場で食べられるおでんを紹介していこう。まずはメモリアル60スタンドの2階で営業する「戸松」だ。圧力釜で揚げた鶏もも肉の唐揚げが有名で、ファン投票による「東京競馬場グルメグランプリ2014」で第2位を受賞した。
30〜40年ほど前から屋外の日吉が丘周辺で営業していたが、令和4年(2022年)1月にメモリアル60スタンドに移転した。ドリンクが充実しているため酒盛りをする紳士淑女たちに人気のお店だ。
唐揚げ以外にポテトや塩辛などのおつまみを揃えているが、おでんも販売している。店舗右側で会計を済ませ、左側のお渡し口で受け取る。
おでんは紀文食品の「おでん一人前」を温めたものとなる。大根、玉子、こんにゃく、さつま揚、焼ちくわ、昆布のおでん種が入っており、おでん汁は出汁が効いた上品な味わいとなる。リクエストすれば小分けのからしもつけてくれる。
戸松のおでんはレースを観戦しながら味わえるのがポイントだ。ゴールライン直前の興奮に包まれながらおでんを食べるのひとときは、非日常感があって面白い。
「よし野」で本格的な東京のおでんを味わう
次は本命の「よし野」でおでんを味わってみよう。こちらはもつ煮が有名だが、おでんも非常に本格的なものとなっている。
よし野はメモリアル60スタンドの地下1階で営業している。正門から入場した場合はフジビュースタンドを左(東)に進み、メモリアル60スタンドに着いたらエスカレーターで地下1階まで降りていこう。
地下1階は「ファストフードプラザ」と呼ばれるフードコートになっている。牛丼チェーンの吉野家もあるが、カレーとラーメンの専門店「ハロンボウ」、お弁当や蕎麦・うどんを販売する「キャロットおざわ」といった昔ながらの味わい深いお店が揃っている。
よし野はエスカレーターの裏側、フードコートの奥で営業している。ほとんどは立席となるが、着席しながら食事できるテーブルもある。このエリアもお昼時は混雑するので、午前中を狙うといいだろう。ディスプレイがそこかしこに設置されているので、食事をしながら競馬観戦できる。
青い光を放つ「サントリー」というネオンサインが目印だ。よし野はパークウインズ東京競馬場(場外馬券のみ発売する日)の際は営業していないので、競馬の開催日に訪れるようにしよう。詳しくはJRAの東京競馬場「レストラン・ファストフード」に掲載してあるPDFを確認してほしい。直近の期間の営業店舗が掲載されている。
看板に「ドリンクコーナー」という文字が記されているだけあり、よし野は飲み物が充実している。大小のビール、2種類のハイボール、レモンサワー、ウーロンハイやソフトドリンクがあり、居酒屋のように楽しむことができる。
オーナーのおかみさんは88歳という高齢ながら元気に指揮をとっている。営業を開始したのは40年ほど前ということなので、昭和58年(1983年)頃の創業となる。昭和56年のジャパンカップ創設とほぼ同時期なので、東京競馬場を代表するお店といっても過言ではない。
店前にはお酒のお供に最適なおつまみがいくつも並んでいる。ゆで玉子や枝豆、味噌きゅうりのほかに自家製の漬物や煮物まで揃っている。手頃な価格なのも嬉しいところだ。
そして、メインとなるのがもつ煮とおでん。ほとんどのお客さんがどちらかを目当てに列をつくる。おでんは好みのおでん種を選べ、5個で500円、単品で120円という価格になる。
おでんは手前と奥のふたつの鍋でじっくり煮てある。お店の左側で会計を済ませてから、右側の渡し口で好みのおでん種をオーダーする。店員の方がやさしく教えてくれるので初めてでも安心して注文できる。
大根や玉子、さつま揚げなど定番のおでん種13種類のなかから選べる。東京のおでんに欠かせないちくわぶや魚のすじ、はんぺんを揃えており、よし野のこだわりぶりがうかがえる。ちなみに魚のすじは鮫肉のすり身を使ってつくる東京など関東周辺のおでん種だ。詳細は「魚のすじの製造工程」という記事をご覧いただきたい。
鰹節と煮干しでとった出汁とさまざまなおでん種から出るうまみが融合し、市販のものとは異なるふくよかな味わいとなっている。
おでん種は東京競馬場の南西にある府中市場(大東京綜合卸売センター)から仕入れているという。府中市場は昭和41年(1966年)に開場し、鮮魚や精肉、青果などを扱う店舗が90軒ほど営業している。おかみさんは「紀文さんにはかなわないけど、おでんにはかなり力を入れていますよ」と胸を張っていた。
お昼時に比べればお客さんは少なかったが、店員の方たちは忙しそうにお仕事をされていた。おかみさんは筆者がおでん好きということを知ると、作業の手をとめて丁寧に解説してくださった。店員の方たちもやさしい笑顔で迎えてくれ、お店全体が和やかな雰囲気に包まれていた。常連客たちは店員の方たちに会うのを楽しみにしているようで、談笑しながら料理を注文していた。フードコートというよりは、馴染みの酒場にいるような居心地のよさを感じるお店だ。
欲張って生ビールとおでん、もつ煮を頼むと「運べないから」とトレイ代わりにダンボールに入れてくれた。東京競馬場のお店でよく見かける光景ではあるが、人間味があってほっこりする。
おかみさんや店員の方たちのお心遣いに支えられ、無事に席まで料理を運ぶことができた。熱々のおでんともつ煮、しっかり冷えた生ビールを味わっていきたいと思う。
まずはもつ煮だ。もつ肉は吟味した専門業者から仕入れ、8種類の調理料で味付けしている。さらに長時間煮込んで濃厚な味に仕上げているという。リクエストすれば長ネギを多めに入れてくれる。
もつ肉のとろけるような舌触りに感動すると同時に、ぷりぷりとした食感に驚かされる。肉のうまみがしっかり汁に溶け込んでおり、大根やこんにゃくに染み渡っている。ひと口ごとに身体がぽかぽかと温まり、このうえない幸せを感じる。
次は本命のおでんを味わってみよう。選んだのは大根、玉子、焼きちくわ、ごぼう巻、魚のすじ。しっかり味が染み込んでいながら、型崩れしていない絶妙な煮加減となっている。からしは小分けのパックのものではなく、好きな量をつけて取る方式だ。
スタンダードな味付けながら、おかみさん自慢のおでんだけあって奥深い味わいが楽しめる。まさに「おふくろの味」とはこのことだ。煮干しのうまみが身体の隅々まで行き渡り、飴色に染まった大根や玉子は個々の持ち味を残しながらも調和を保っている。魚のすじはほろほろの食感で口溶けがよく、ごぼう巻や焼ちくわはすり身のうまみがしっかり残っている。
競馬の合間にちょっとつまんでもいいし、おつまみをいくつか頼んでゆっくりくつろぐのもいい。カウンター越しにおかみさんや店員の方たちとのふれあいを楽しもう。
東京競馬場は競馬ファン以外には縁のない場所ではあるが、訪れてみると新たな発見があると思う。1年に5回(期間)開催するが、未開催の月もあるのでJRAのレーシングカレンダーを参考にして足を運んでみてはいかがだろうか。
よし野(東京競馬場)の基本情報
よし野
〒183-0024 東京都府中市日吉町1-1
042-363-3141
定休日:不定休(東京競馬場に準ずる)
営業時間:9:00~17:00