今回は板橋区蓮根にある、えびすや蒲鉾店(蓮根)のできたておでんを紹介する。えびすや蒲鉾店(蓮根)は練馬区北町の同名の店舗から暖簾分けで独立し、2代にわたって50年近く営業を続けている。
今回は調理済みのできたておでんを紹介するが、通常のおでん種に関しては「えびすや蒲鉾店(蓮根)のおでん種」という記事を参照していただきたい。
奇をてらわず顧客に寄り添う、えびすや蒲鉾店(蓮根)
えびすや蒲鉾店(蓮根)の最寄駅は都営地下鉄三田線の蓮根駅となる。周辺はいくつかの商店街が集まっているが、住宅が広がっており穏やかな雰囲気のエリアだ。
駅の西口から数分歩くと蓮根中央商店会(ハミングロード商店街)がある。いつも買い物客で賑わっており、スーパーを中心に青果店や鮮魚店など個人商店も営業している。
えびすや蒲鉾店(蓮根)は蓮根中央商店会の中央付近にある。創業時は商店街の北側にあったが、建物の老朽化により現在の場所へ移店した。お店の詳しい歴史については、「えびすや蒲鉾店(蓮根)のおでん種」の記事をご覧いただきたい。
店内正面にはおでん種が並んだショーケースがあり、左側には調理済みのできたておでんのコーナーがある。おでん鍋は現在、新型コロナウイルス対策のためビニールシートで覆われている。
店主に声をかけると鍋の蓋を開けてくれる。湯気がもうもうと立ち込め、褐色に染まったおでん種が姿を現す。この時点でわくわく感が最高潮に達し、同時にどれを選ぼうか迷ってしまうが、店主はやさしい方なので焦らずじっくり選んでほしい。
おでん鍋の上にはメニューが掲げられている。掲載されていないおでん種もあるので、鍋から選びつつ、わからないところは店主に質問するといいだろう。
ふたたびおでん鍋に視線を戻すと、たっぷり汁を吸い込んだ厚揚やもちきんちゃくに目を奪われる。揚げ蒲鉾もうまみをとどめた最高の状態に仕上がっている。
おでん汁は昆布出汁がベースとなっており、店主いわく「個性が出過ぎないように気をつかっている」のだそうだ。昨今は飲食業や食品業界全般において目新しさや個性を打ち出す傾向があるが、えびすや蒲鉾店(蓮根)はまったく逆のアプローチだといえる。
目新しさや個性を主張しなければ移り気な顧客の注目を集められずに淘汰される場合があるが、ややもすると提供側のエゴの押し付けになりかねない。えびすや蒲鉾店(蓮根)は奇をてらわず顧客に寄り添い、老若男女に美味しく食べてもらうために敢えて個性を抑えているのではないだろうか。
おでん鍋の向かいにはイートイン用のテーブルと椅子が用意してある。2、3人ほどがゆったり座れ、できたてのおでんをその場で味わうことができる。買い物途中の休憩にも最適だ。
筆者が前回訪れたときは、こちらでできたておでんを堪能した(テーブルは替わったようだ)。天気が悪いときや寒い時期でもおでんをゆっくり快適に味わえる。
おでん種のショーケースに目を移すと、26種類の揚げ蒲鉾が並んでいた。定番ものを中心に、青とうがらし天やもんごういかなどの変わり種も揃っている。閉業した練馬区北町のえびすや蒲鉾店と同名のおでん種も多数揃っているので、在りし日の北町店に思いを馳せつつ味わうのもいいだろう。
揚げ蒲鉾以外のおでん種も21種類と充実している。揚げ蒲鉾を含めると合計47種類になり、スーパーなどの量販店とは比較にならない豊富さだ。最近は魚のすり身をはじめとした材料の価格高騰が続くが、しばらくは値上げは考えていないそうだ。専門の職人が手づくりしたカレーボールが5個160円なんて、非常にありがたい半面、収益的に大丈夫なのかと心配になる。
透明感のある汁が美味しい、えびすや蒲鉾店(蓮根)のできたておでん
えびすや蒲鉾店(蓮根)では豊富な種類に目移りしながらも、9種類のできたておでんを購入した。
時計回りに12時から、ぎょうざ巻、ソフトいなり、ちくわぶ、すじ、つみれ、牛すじ、大根、ロールキャベツ(中央左)、たまご(中央右)。
お持ち帰りとして購入するとおでん汁を一緒に入れてくれる。長時間汁につけると全体の味に影響する牛すじや、とろとろに溶けてしまうロールキャベツなどは別の袋に分けてくれる。
自宅に持ち帰ったら、鍋で温めるだけですぐに食卓に並べられる。できたておでんは少量食べたいときには便利で、単身の高齢者などに重宝されているそうだ。
前述のとおり、えびすや蒲鉾店(蓮根)のおでん汁は敢えて「個性が出過ぎないように」しているそうだが、逆に他店とは異なる唯一無二の美味しさが際立っている。おでん種のうまみが混じり合ったまろやかさと爽やかな昆布出汁の透明感があり、おでん汁だけ飲んでもじゅうぶん満足感がある。
大根は中まで汁が染みこんでいて、とてもジューシーな仕上がりだ。大根特有の青臭さはまったく感じられないが、温もりのあるうまみが感じられる。
すじは自家製となっており、ヨシキリザメのすじとクロカワカジキ(クロカジキ)を少し混ぜている。サメとカジキの肉はコクがありながらしつこくない。また、混ぜ込まれた軟骨のこりこりとした食感が楽しい。
同じすじでもこちらは牛すじだ。非常にしっかりとした肉質で、脂の甘みと肉のうまみが口いっぱいに広がっていく。個人的には東京のおでん種専門店が取り扱う牛すじなかで1、2を争う美味しさだと思う。
ぎょうざ巻はすり身が餃子の形に沿った半月の型をしている。肉厚の餃子の皮のふわりとした滑らかさと、肉汁と野菜のうまみがたっぷり詰まった餡が素晴らしい。魚のすり身はソフトな食感ながらしっかり弾力があり、噛むごとに魚のうまみがにじみでてくる。
ソフトいなりは通常よりも柔らかいすり身にチーズを入れ、油揚げで包んだおでん種だ。チーズのまろやかな甘さとすり身のソフトな食感がよく合っている。
ロールキャベツは丁寧に巻かれたキャベツのジューシーさがたまらない。人参などを混ぜた挽肉はたっぷりとうまみをとどめ、噛むごとにじゅわっと美味しさが広がる。
たまごはおでん汁がしっかり染みこんでおり、表面は美しい褐色に染まっている。固茹での黄身はぱさついておらず、非常にクリーミーな味わいとなっている。
ちくわぶは真空パックされていない通称「ハダカ」のものを使用しているだけあり、もちもちしていて美味しい。くたくたになりすぎず、小麦の美味しさを味わえる丁度よい煮加減だ。
最後はつくねだ。鶏肉のうまみが非常によく出ていて、臭みやしつこさはまったく感じられない。肉の甘みとおでん汁のまろやかさが融合し、複雑でやさしい味わいとなっている。
えびすや蒲鉾店(蓮根)の店主はおだやかで紳士的であり、どの仕事に対しても謙虚な姿勢でのぞまれている。お話をうかがうと「特別なことはしていない」とおっしゃるが、店主のつくるおでんや揚げ蒲鉾を食べればそのこだわりを舌で直接理解することができるだろう。言葉で語らず、作り上げるもので雄弁に語る。職人というのは本当に格好よく、偉大な存在だとあらためて感じた。
えびすや蒲鉾店(蓮根)の基本情報
〒174-0046 東京都板橋区蓮根2-24-16
03-3967-2217
定休日:日
営業時間:10:00~20:00
えびすや蒲鉾店(蓮根)のWebページ