今回は板橋区の大谷口北町にある蒲吉商店のできたておでんを紹介する。蒲吉商店は60年以上の歴史をもつおでん種専門店だが、メディアの露出が少なく知る人ぞ知る名店だ。
東京おでんだねでは過去に2回ほど蒲吉商店の記事を掲載している。1回目はお店についての全般的な紹介をした「蒲吉商店のおでん種」、2回目は筆者お気に入りの野菜天に絞った「美しき蒲吉商店の野菜天」という記事だ。今回は店頭販売している調理済みのできたておでんの紹介をしたいと思う。
初代店主、おかみさん、2代目ともにやさしいお人柄の蒲吉商店
蒲吉商店のあるパステル宮の下商店街(宮の下商栄会)は東京メトロの小竹向原駅から1km、東武東上線の中板橋駅から1.4kmの場所にあり、のんびりと静かな雰囲気が漂う商店街だ。
かつては近隣の向原団地から人が集まっていたそうだが、現在は駅の開業などによって人の流れが変わり、商店よりも住宅が目立つようになった。それでも精肉店や青果店、鮮魚店やお豆腐屋さんなどが営業しており、どの店舗もアットホームな接客をしてくれる。
おでん種専門店である蒲吉商店も心あたたまるお店のひとつだ。昭和34年(1959年)創業で、柔和な雰囲気の店主とおかみさんがお店に立たれている。ほかのおでん種やさんと同じくご高齢で、会うたびに「どちらかの身体が悪くなったら店を閉じる」とおっしゃっていたが、なんと今回は若い2代目にお会いすることができた。
お話をうかがうと2代目は以前から働いていらっしゃったようで、初代と一緒に蒲鉾もつくられているそうだ。通りすがりのお年寄りに声をかけ、筆者の質問にも真摯に答えてくれる。この方も初代とおかみさん同様に、とてもやさしいお人柄のようだ。
澄んだおでん汁が美しい蒲吉商店のできたておでん
本題となる調理済みできたておでんはお店の脇にあり、透明の囲いが設置してある。鍋はひとつだが、その中に数多くのおでん種が仕込んである。
7月から8月以外はほぼ販売しているそうで、単身世帯の高齢者がよく購入するという。以前はおでん種を入れたそばからなくなっていったそうで、とりわけ子どもがおやつ代わりに買っていったそうだ。
仕切りは8つあり、種類ごとにおおまかに分けられている。鍋の下側にもおでん種が隠れており、見た目の印象より種類は豊富だ。売れていくそばからおでん種を追加しているため、売り切れを心配する必要はない。
おでん汁はほぼ塩のみ、醤油も色付け程度に加えているだけで出汁用の鰹節や昆布は使用していない。おでん種の昆布や揚げ蒲鉾などから出汁が取れるので、それだけでじゅうぶんなのだそうだ。また、透明度を保つために継ぎ足しはせずに毎日取り替えている。
たしかに鍋のなかを覗いてみると澄んだおでん汁が美しい。しかし、おでん種からしっかりうまみがにじみ出ているのが直感的にわかる。
おでんの具の一番人気である大根も、汁のなかでじっくりうまみを蓄えている。筆者の前のお客さんが大根をたくさん買い込んでいたので売り切れにならないか心配になったが、見た目以上にたくさん仕込んであった。
2代目店主がつくるからしきゅうりも絶品
できたておでん以外のおでん種もたくさん並んでいた。こちらのおすすめはピリ辛のもみじ揚で、店主がいつも薦めてくれる。筆者は野菜天がお気に入りで、その美味しさと造形の美しさは東京一だと思っている(その思いは前回の記事をご覧いただきたい)。夏場は揚げ蒲鉾の製造は少なくなり、天ぷらなどお惣菜を中心に販売しているという。
練り物だけで20種類ほど、餅巾着や牛すじなどを含めると30種類以上が並ぶ。ちなみにちくわぶは東中野の山田食品から生のもの(通称ハダカ)を仕入れているそうだ。
蒲吉商店はおでん種以外の食材も販売しているが、注目は2代目手づくりのからしきゅうり。塩、砂糖、醤油に加え、おでん用のからしを使用しているそうだ。2代目が別のお店で食べたものがとても美味しかったのでご自身でつくられたという。値札は3本セットだが、1本から販売している。
辛味が効いているというよりは、辛子の風味がふんわりと漂うやさしい味わいで、おでんとの相性も抜群だ。気が付けば1本あっという間に平らげてしまっていた。
繊細で上品、まろやかな味の蒲吉商店のできたておでん
過去2回の記事では揚げ蒲鉾を中心に購入していたが、今回はできたておでんということで大根や玉子、ちくわぶなど別の種類を味わってみることにした。
時計回りに12時から、玉子、昆布、白滝、野菜つみれ、焼ちくわ、フランク、サザエ串、野菜天、大根、ちくわぶ(中央)。
おでんと汁は輪ゴムでしっかりと閉じられているためこぼれる心配はない。さらに、手提げのポリ袋に入れてくれるため、冷蔵のものと一緒に購入しても安心して別々に持ち帰れる。
汁ごと袋から鍋に移したら、温めるだけですぐに食べられる。煮立てる必要はなく、80℃前後の弱火にするように心がけよう。
温かくしたものを器に盛って味わうもよし、鍋で温めながら食べるのもよし、繊細な色合いがとても美しく食欲をかき立てる。
おでん汁は透明度があり、醤油の色も控えめだ。継ぎ足しはしないというが、複数のおでん種からの出汁がしっかりにじみ出ており、味わい深く仕上がっている。
大根はおでん汁の美味しさをふんわりと抱き、口のなかでほろりと溶ける。苦味がまったくないが、大根のうまみもきちんと留めている。
野菜天は筆者お気に入りのおでん種だ。人参とインゲンの彩りが美しい断面は、民藝を代表する版画家の芹沢銈介の作品を思い起こさせる。それぞれの野菜の個性が混じり合い豊かなハーモニーを奏でている。おでんにせずにそのまま食べるとよりすり身の味が感じられるので、冷蔵ケースのものを一緒に購入してもいいだろう。
野菜つみれのすり身はイワシではなく、練り物で余ったすり身を使っているそうだ。臭みはまったくなく、野菜の甘みと相まって非常にやさしい味わいだ。
サザエ串はひと串3個という贅沢仕様だ。噛めば噛むほどうまみが膨らみ、口のなかでまろやかなおでん汁と混ざり合う。
玉子は表面がしっかり褐色に染まっているが、味わいはやさしくほっこりした気持ちになる。それでいて、白身も黄身もフレッシュで玉子本来の美味しさも堪能できる。
フランクは素朴な肉のうまみを味わえる。食べ応えある太い形状で、満足感もこのうえない。切れ込みを丁寧に入れてあるので、しっかりおでん汁が染みている。
白滝は結草(いわいそ)風のビニールで結ばれており、非常にボリューム感がある。たっぷりおでん汁を抱き込んでおり非常にジューシーだ。太さは標準的なので、白滝の美味しさもしっかり残している。
焼ちくわは適度な煮加減でくたくたになりすぎず、魚のすり身の美味しさを楽しめる。青森県青森市の千葉伝工場のもので、焼き目が牡丹の花を連想させる「ぼたん焼ちくわ」だ。
ちくわぶは生のちくわぶを使用しており、非常に柔らかい。煮込みすぎていないためくたくたになっておらず、ちょうどよい加減となっている。
昆布は結び目が大きくしっかりしているため食べ応えはじゅうぶん。おでん汁にうまみが逃げているかと思いきや、噛むと磯の香りが漂って非常に風味豊か。ほかのおでん種に埋もれがちだが名脇役的な存在だ。
蒲吉商店の2代目はとてもやさしい方だったので、つい甘えてしまい1時間近くお付き合いいただいた。料理は人柄が出ると言うが、蒲吉商店のおでんは繊細で上品な味わいながら、とてもまろやかで心と身体を包み込んでくれる。初代店主とおかみさん、そして2代目と話しているときと同じようなホスピタリティが感じられた。
60年以上続く名店であり、これからも何十年と地元の人々やおでんを愛する人々に、このやさしい味を与えていただければと思う。すこしアクセスしにくい場所にはあるが、遠方の方々にもぜひ蒲吉商店の味を堪能していただけたらと思う。
蒲吉商店の基本情報
蒲吉商店
〒173-0031 東京都板橋区大谷口北町80−3
03-3956-1531
定休日:日曜日
営業時間:8:00~18:30