揚げ蒲鉾は成形した魚のすり身を油で揚げた食べ物で、おでんに欠かせない種(具)のひとつだ。日本各地でさまざまな呼び名があり、関東では「さつま揚げ」、関西や北海道では「天ぷら」、愛知から北陸までは「はんぺん」、鹿児島では「つけ揚げ」、沖縄では「チキアーギ(チキアギ)」と呼ばれている。
「東京おでん種カタログ」に掲載されているとおり、揚げ蒲鉾には膨大な種類がある。これは東京に数多くのおでん種専門店が存在するためだが、商品の名称ごとにそれぞれ特徴を推定することができる。今回は、東京おでんだねが訪問したおでん種専門店の揚げ蒲鉾をもとに代表的な名称と特徴を紹介していこう。
- 〜揚・揚げ:揚げ蒲鉾全般
- 〜天:平たい揚げ蒲鉾
- 〜巻・巻き:具材をすり身で包んだ揚げ蒲鉾
- 〜ボール・団子・玉:球状の小さな揚げ蒲鉾
- 〜入り:特定の具材が入った揚げ蒲鉾
- 〜ちぎり:不揃いの小さな揚げ蒲鉾
- 大判・小判〜:大きく(小さく)平らな揚げ蒲鉾
- 五目・五色・三色・錦〜:複数の具材を混ぜた揚げ蒲鉾
- かき・よせ〜:複数の具材を混ぜた(もしくは単一具材の)揚げ蒲鉾
- おつまみ・つまみ〜:おつまみ用の揚げ蒲鉾
- スタミナ・中華〜など:味のイメージを表現したもの
- お好み〜:複数の具材、もしくはお好み焼きを模した揚げ蒲鉾
- 末広・木の葉〜など:形を表したもの
- 利休〜:野菜が入った揚げ蒲鉾
〜揚・揚げ:揚げ蒲鉾全般
東京のおでん種専門店において「〜揚・揚げ」は揚げ蒲鉾全般の名称に用いられる。「もやし揚」や「末広揚」のように、具材や形状などの特徴を表す要素の後ろに置くことが多い。ただし、「揚げボール」のように前に付くものも存在する。
「〜揚・揚げ」は「揚げ蒲鉾」、もしくは「さつま揚げ」の省略形と思われるため、たとえば「もやし揚」なら「もやし(の入った)さつま揚げ」という意味になる。これは関西における「〜天」とほぼ同じ使われ方だ。もちろん「天」は「天ぷら」の略だ。
上の写真は京都にある丸常蒲鉾店のものだが、ほとんどの商品に「天」が用いられている。ただし、すべてというわけでもなく東京と同じように「揚」を用いる場合もあるようだ。
なお、「揚げ」のように送り仮名を付ける場合もあり、同じ店舗で「揚」と「揚げ」を混用することもある。ちなみに漢字やひらがな、カタカナ(はんぺん、ハンペン、半ペンなど)の混用もよく見られる。
〜天:平たい揚げ蒲鉾
関西での「〜天」は前述のとおり東京の「〜揚」と同じ意味だが、東京のおでん種専門店では平たい揚げ蒲鉾を「〜天」と名付けることが多い。しかし、必ずしも平たいものばかりでなく、おそらく関西由来の商品に用いているか、もしくは語呂のよさで選んでいる気がする。ちなみに関西では、このような平たい揚げ蒲鉾を「ひら天」と呼ぶ。
上の写真は葛飾区立石にある丸忠かまぼこ店のものだが、値札を見ると「揚」と「天」が混在している。「天」が付いているのは単一の具材が入った商品のようにも見えるが、おそらくそのような規則性ではないと思う。
なお、平たい形状でも「〜揚」を使う場合があるが、「イカ天」「えび天」「しょうが天」など、特定の具材においては「揚」よりも「天」が用いられることが多い。やはり、関西以南をルーツとする揚げ蒲鉾が命名されているように思う。
作り方は木型を使う場合と手のひらで成形する場合がある。実際の制作風景は上の動画(蒲鉾の八木橋)をご覧いただきたい。
〜巻・巻き:具材をすり身で包んだ揚げ蒲鉾
「〜巻・巻き」は具材を魚のすり身で包んだ揚げ蒲鉾。具材はごぼう、海老、ウインナー、ゲソ、餃子のように、細長くひとかたまりのものが多いが、焼売(焼売巻)や鶏卵(玉子巻)、うずら卵(うずら巻)のように丸いものもある。
関西の場合はこの形状も「天」を使う場合があり、「ごぼう天(ごぼ天)」や「餃子天」のように用いられる。したがって「ごぼう天」は関西では細長い巻物状のものだが、東京では平たいものとなり、巻物状のものは「ごぼう巻」として区別される。
作り方は薄く伸ばしたすり身の上に具材を置き、手付包丁でくるりと包む(巻く)。こちらの制作風景は江戸川区の桧山水産の動画をご覧いただきたい。
〜ボール・団子・玉:球状の小さな揚げ蒲鉾
「〜ボール・団子・玉」は球状に小さく成形した揚げ蒲鉾。すり身のみの「ボール」やカレー粉を加えた「カレーボール」が有名だ。
「ボール」は2〜3cm程度の大きさのものに使用されることが多く「団子」は比較的大きなもの、もしくは挽肉を混ぜた「肉団子」に使用されるが、厳密な規則はない。「玉」はイワシのつみれに用いられるが、世田谷区のや亀やでは揚げ蒲鉾に使用されている。また、中央区日本橋の神茂ではうずら巻に「うずらボール」という名称を用いている。
成形はすり身を握り、人差し指と親指の間から一定量を絞り出すように行う。蒲鉾職人の熟練の技が光るおでん種だ。こちらも作り方は上の動画をご覧いただきたい。
〜入り:特定の具材が入った揚げ蒲鉾
「〜入り」は特定の具材が入った揚げ蒲鉾で、たとえばゴボウが入ったものは「ごぼう入り」と名付けられる。
使い方としては「〜揚・揚げ」と同様で、杉並区堀の内にある丸佐(〇佐、まるさ)かまぼこ店や暖簾分けした丸佐かまぼこ店(荏原中延)など特定のおでん種専門店で使われることが多い。
〜ちぎり:不揃いの小さな揚げ蒲鉾
「〜ちぎり」は指で千切ったような不揃いの小さな揚げ蒲鉾で、正式名称は「ちぎり揚」という。おつまみ用として作られることが多い。
さまざまな種類があり、口に運びやすいサイズでおつまみとして最適だが、おでんにしても美味しい。なかには葛飾区堀切にある佃治(つくはる)の「ひじきちぎり」ように、丸く成形したものも存在する。
上の動画は北千住にあるマルイシ増英の「玉ねぎちぎり」の制作風景だ。あっという間に大量のちぎり揚ができあがる。
大判・小判〜:大きく(小さく)平らな揚げ蒲鉾
「大判・小判〜」は平たい形状をした揚げ蒲鉾で、大きい場合に「大判」、小さい場合に「小判」と区別する。通常、「揚」が後ろにつく。
「大判揚」や「小判揚」という名称の場合は具材が入っていないプレーンな揚げ蒲鉾が多い。さつま揚げやひら天となにが違うのかと思うかもしれないが、大きさを強調したい場合に用いる。特定の具材が入っている場合は、その名称が前後に付く。
五目・五色・三色・錦〜:複数の具材を混ぜた揚げ蒲鉾
揚げ蒲鉾に限定されないが、さまざまな具材を用いたものは「5」と「3」の数字を用いることが多い。これは仏教の五色や縁起のよい数字の「3」などからきているのだと思う。
また、北区赤羽の丸健水産ではイカとゆで玉子が一緒に入った「錦揚げ」が存在するが、これは色(二色:にしき)もしくは素材の異なる2種類の材料を加えた揚げ物のことを指す。
かき・よせ〜:複数の具材を混ぜた(もしくは単一具材の)揚げ蒲鉾
「かき」は「掻き」で、天ぷらでも有名な「かき揚げ」だ。天ぷらと同様にさまざまな具材を魚のすり身に混ぜた揚げ蒲鉾となる。
「よせ」も同じ意味で、複数の具材を「寄せる」意味だ。「よせ揚」のように名付けたり、特定の具材を強調して「いかよせ」のように用いられる。この場合、単一の具材を細かく切って寄せ集めた意味となる。
おつまみ・つまみ〜:おつまみ用の揚げ蒲鉾
食べ方や用途を表す名称もある。「おつまみ・つまみ〜」はおでんではなくおつまみ用として作られた揚げ蒲鉾で、形状はちぎり、ボール、平たいものなどさまざまだ。
「つまみごぼう」などメインとなる具材の名称を含める場合もあるが、それらの総称として「おつまみ揚」と命名する場合もある。また、複数の具材が入っている場合も「おつまみ揚」と呼んでいる場合が多い。
スタミナ・中華〜など:味のイメージを表現したもの
特定の味のイメージを表現した名称も多い。「スタミナ〜」は「スタミナ揚」として、主にニラ、もやし、ゴマ、人参、七味唐辛子が入っており、元気が出そうなイメージをうまく表現している。多くのお店で具材はほぼ統一されているが、「中華〜」の場合は各店で異なる。
江東区北砂にある増英蒲鉾店の「中華揚」はスタミナ揚とほぼ同じ具材を用いているが、足立区綾瀬にある増田屋かまぼこ店(綾瀬)の「中華ボール」は玉ねぎと黒胡椒、葛飾区立石にある増田屋(立石)の「中華巻」は玉ねぎを混ぜた魚のすり身に米粉もしくは小麦粉の皮を巻いている。
おそらく、スタミナ揚は発祥となるお店の商品を各店が参考にしたもので、「中華」の名のつくものは各店がイメージする中華料理的な味からオリジナルで生み出した商品なのだろう。
お好み〜:複数の具材、もしくはお好み焼きを模した揚げ蒲鉾
「お好み〜」は2種類の意味がある。ひとつは各店で選りすぐりの具材を集めたもの、もしくは人気の具材を集めたもので、もうひとつはお好み焼きの具材を用いたものだ。
前者はイカ、長ネギ、人参、ゴボウ、玉ねぎ、紅生姜、桜海老、小松菜など具材はバラエティに富んでおり、後者はキャベツが入っているのが特徴だ。どちらも具材が豊富で各店のこだわりを感じさせるものばかりだ。
末広・木の葉〜など:形を表したもの
揚げ蒲鉾を成形する木型にはさまざまな種類があり、扇状の形をしたものを「末広揚」、葉っぱの形をしたものを「木の葉揚」と呼ぶお店がある。ほかに魚(鯛)や梅などの木型がある。
なかには形の名前を付けずに具材を優先させる場合もある。例えば、墨田区京島にある大国屋(京島)には梅の形をした揚げ蒲鉾があるが、千切りの紅生姜が入っているため「紅生姜揚」という名称になっている。
同じく大国屋(京島)には、墨田区の名所である東京スカイツリーを模した「スカイツリー」がある。形だけでも面白いが、青海苔を混ぜ込んで味に工夫を加えている。
利休〜:野菜が入った揚げ蒲鉾
「利休〜」は「利休揚」のことだが、一般的には白ゴマや黒ゴマを衣に付けて揚げたものを指す。しかし、揚げ蒲鉾では野菜が入った練り物のことを指すことが多い。
この由来はまったく不明なのだが、日本橋の神茂によると蒲鉾屋界隈では古くからの使われている名前なのだそうだ。
紹介したもののなかには特定のお店でのみ使用している名称もあるが、それぞれどんな特徴があるのかお分かりいただけただろうか。地域によって異なる場合もあるので、東京のおでん種専門店に訪れた際の参考にしていただければと思う。