美しき蒲吉商店の野菜天

板橋区の大谷口北町にある蒲吉商店は昭和34年に創業した60年以上の歴史をもつ名店だ。店主の熟練した技が生み出す数々のおでん種は美味しいだけでなく、造形の美しさも際立っている。東京おでんだねでは2年前の11月以来、2回目の訪問記事となる。

板橋区大谷口北町:パステル宮の下商店街

東京メトロの小竹向原駅、東武東上線の中板橋駅の中間地点にあるパステル宮の下商店街(宮の下商栄会) 。前回の記事から約1年経ったが、のんびりとした雰囲気は変わっていない。

現在も店主ご夫婦で営業を続ける蒲吉商店

パステル宮の下商店街には、おでん種専門店の蒲吉商店がある。こちらのお店はインターネットであまり情報が載っておらず、地元民以外に知る人が少ない穴場中の穴場店だ。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店

最盛期である年末や冬場を過ぎると閉業するおでん種やさんが相次ぐ。蒲吉商店は筆者が重点的に営業が続いているかチェックし続けているお店のひとつだ。経営しているのは老齢の店主とおかみさんのみで、彼らから「どちらか健康を損ねたら閉業する」と聞かされていた。しかし、年を越して訪れてみるとたくさんのおでん種が並んでおり、おふたりともお元気でいらっしゃった(追記:22年4月の訪問で2代目が働いていらっしゃることを確認)。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種

練り物と練り物以外のおでん種が30種類以上、漬物やお惣菜などたくさんの食材が並ぶ。ほかのお店に行かなくても蒲吉商店だけで買い物を済ますことができる。いつ見ても圧巻の品揃えだ。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん

できたての調理済みおでんも湯気がもやもやと立ち込めて、本当に美味しそうである。おでん汁につかったはんぺんの具合は形容し難いほど美味しそうだ。こちらの詳細については「蒲吉商店のできたておでん」の記事をご覧いただきたい。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店

今回は店主に接客していただいた。前回おかみさんから伺えなかったお話をいろいろと聞かせていただいた。

蒲吉商店は昭和34年(1959年)創業で、店主は千代田区小川町の東京電機大学の旧東京神田キャンパス近くの増英の支店で修行されていたそうだ。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店

増英は北千住のマルイシ増英や砂町銀座の増英蒲鉾店のルーツとなったお店で、増英水産という店名で千住大橋のやっちゃ場(市場)で営業していた。東京のおでん種専門店(蒲鉾店)に多大な影響を及ぼした名店だが、蒲吉商店にも関係があったのは初耳だった。たしかに、店内に掲げられている看板の右端下部にも「増英」の屋号が確認できた。

芹沢銈介の作品に通じる蒲吉商店の野菜天

おかみさんも気さくで柔和な印象の方だが、店主も同様に素敵な方である。筆者が蒲吉商店が好きな理由は、おふたりの人柄がいちばんだ。そして、このお店の野菜天にも魅入られた。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 野菜天

蒲吉商店の野菜天は人参とインゲンが入ったおでん種なのだが、半分に切ったときの断面が非常に美しい。まるで、民藝を代表する版画家の芹沢銈介の作品を思い起こさせる素朴で洗練されたデザインだ。

芹沢銈介の風呂敷

芹沢銈介は静岡県を代表する芸術家で、重要無形文化財の保持者であり人間国宝でもあった。洗練された印象でありながら、どこか素朴で温かみのある造形美が特徴だ。

芹沢銈介の風呂敷

民藝にも造詣が深く、日本だけでなく世界各地の民藝の品々を蒐集していたことでも知られる。筆者は小鹿田焼など民藝に興味を持っているのだが、蒲吉商店の野菜天を見ていると芹沢銈介の作品のような洗練さと素朴さを兼ね備えているように思えてならない。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 野菜天

味に関しては文句のつけようがなく美味しい。それぞれの野菜のうまみや香りはもちろん、具材の切り方などに工夫があるので食感に個性が感じられる。店主の長年の経験や技術があればこそ生み出せる「作品」なのだと味わうたびに感動している。

蒲吉商店のおでん種(2回目)

さて、今回蒲吉商店で購入したおでん種は野菜天を含めて12種類。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種

時計回りに12時から、もみじ揚、野菜天、生姜天、フランク、たこ天、サザエ串、牛すじ、ウィンナー巻、揚ボール(中央上)、角揚(中央下)。このほかにちくわぶとなると巻を購入。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種

大きめのおでん種を切って鍋に入れると、美しい断面に彩られて華やかな印象になる。バラエティ豊かなおでん鍋の完成だ。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 野菜天

まずは野菜天。前回同様、インゲンのしゃきしゃきとした感触と、短冊切りした人参から広がる甘みが素晴らしい。魚のすり身も非常に丁寧なつくりで、塩加減や弾力もちょうどよい。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 もみじ揚

店主がいつもすすめてくれるもみじ揚はピリッと効いた唐辛子にもやしと人参が呼応して、絶妙なハーモニーを醸し出す。ほんのり額に汗をかく程度の辛さは、寒い冬場がいちばん美味しく味わえる。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 揚ボール

揚ボールはすこし大きめのサイズだ。やはり魚のすり身が上品な味わいで、噛むほどにうまみが増してくる。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 角揚

角揚も魚のすり身の味を堪能できるおでん種だ。平たい形状になるだけで、揚ボールとは味わいが異なるのが不思議だ。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 ウィンナー巻

ウィンナー巻は定番の美味しさ。すり身から顔を覗かせたウインナーがとても可愛らしい。見た目も味もほっこり優しい気持ちになる。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 フランク

フランクは食べ応えある太い形状で、安心感の漂う味わい。きめ細かな肉の食感は、高級グルメ嗜好に侵された大人たちの舌に挑戦してきているかと思うほど、シンプルで素朴な味わいだ。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 牛すじ

牛すじはあっさりとした味で、しつこくない。さっぱりとしていて、とてもヘルシーな印象だ。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店のおでん種 サザエ串

サザエ串は噛めば噛むほどうまみがにじみ出てくる逸品。おでん汁と一緒に食べると幸せこの上ない。

芹沢銈介の風呂敷

蒲吉商店に訪れておでん種を食べるたびに、このお店の素晴らしさを実感する。日本の伝統文化と称しても問題のない価値の高いものだと思う。しかし、あと何年か経つうちに確実にこの名店の歴史は幕を閉じることになる。時代の趨勢(すうせい)には抗えないが、蒲吉商店の味や文化をなんとかして後世まで語り継ぐことはできないものだろうか。ご高齢の店主とおかみさんには無理を言えないのだが、今後も健康第一としていただきながら、すこしでも多くの人々に素晴らしいおでん種を提供していただければと思う。

蒲吉商店の基本情報

蒲吉商店
〒173-0031 東京都板橋区大谷口北町80−3
03-3956-1531
定休日:日曜日
営業時間:8:00~18:30

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