増田屋蒲鉾店(堀切)は葛飾区堀切の二葉商店会にあるおでん種専門店だ。昭和44年から50年以上続くおでんの味は、素敵な人柄の店主ご夫婦のようにあたたかくて味わい深い。
アットホームな雰囲気漂う二葉商店会
京成本線の堀切菖蒲園駅から徒歩15分、JR常磐線・東京メトロ千代田線の綾瀬駅から徒歩15分ほどの住宅地に二葉商店会という商店街がある。
店舗数は十数軒ながら鮮魚店や豆腐店などがあり、毎日の買い物をするのに便利な商店街だ。道路で遊ぶ子どもたちも多く、商店もアットホームな雰囲気が漂っていてほのぼのとする。夏場はお惣菜がメインのつくはる(佃治)というおでん種やさんもある。
下町のおでん種やさん、増田屋蒲鉾店(堀切)
二葉商店会のメイン通りからひとつ道に入ったところに増田屋蒲鉾店(堀切)がある。
店主のお兄さまが立石にある増田屋で修行したのち、本木(西新井、足立区関原2-28-5と思われる)で独立し、店主はそこで修行をした。昭和44年(1969年)に店主も独立し、この地に増田屋蒲鉾店を創業した。
今回はおかみさんにいろいろとお話をうかがった。はつらつとして見た目もお若い素敵な方だった。話がはずみ、1時間以上もお邪魔してしまった。
増田屋は埼玉の増林(ましばやし)をルーツとする揚げ蒲鉾(おでん種)の専門店で、立石の店が本店だ。綾瀬や京成小岩の店主も立石店で修行をしていた。閉業した四ツ木や高砂の店も同様で、暖簾分けした店は数十軒にもおよぶ。
おかみさんは綾瀬の店主と同郷の増林出身であったり、今年惜しまれつつ閉業した大宮の増田屋は本木の店主の奥さまの親戚がやっていたりと、増田屋のネットワークは親戚関係が多い。
お店の中央にあるショーケースには、練り物のおでん種とそのほかのおでん種が22種類ほど陳列されていた。さつま揚やうずら巻など定番どころをきちんと押さえている。小ぶりながら非常にリーズナブルな価格設定で、いかにも下町のおでん種やさんといった雰囲気だ。おでん汁はチヨダのおでんの味、焼きちくわは青森のイゲタ沼田焼竹輪工場、鳴戸巻きは焼津のカクヤマのものだ。
おでん以外にも煮ものや天ぷら、きんぴらごぼう、玉ねぎサラダなどのお惣菜を手作りして販売している。時期によってはオムレツなどもあるそうだ。お惣菜に関しては、2回目に訪問した記事「増田屋蒲鉾店(堀切)のお惣菜」をご覧いただきたい。
調理済みのできたておでんも販売している。じっくり弱火で煮込んだおでん種が美味しそうだ。練り物のおでん種のほかに、玉子やじゃが芋、こんにゃくなどを加えた28種類。
筆者の子どもの頃のおでん種の思い出を語っていると、おかみさんは「食べていきなさいよ」とごちそうしてくれた。おかみさんは人懐っこく、とても素敵だ。
餃子巻き、野菜揚げ、すじをお皿に入れていただき、お店の横にあるベンチでいただいた。弾力がありながらも、じっくりに煮込んであるためふわふわの食感が心地よい。おでん汁は昆布が効いた薄めの味で、まさに東京下町のおでんの味だ。
おかみさんは本木にあった増田屋の奥さまの従姉妹だそうで、揚げ蒲鉾(おでん種)業界をよく知るひとりだ。昭和30〜40年頃は揚げ蒲鉾全盛の時代で、立石の増田屋には多くの職人が住み込みで働き、女中さんなどもいたそうだ。立石店だけでも3店舗も経営していたらしい。おかみさんはそれを見て、自分も将来は「奥さま、おかみさん」と呼ばれる日がくると思っていたそうだ。しかし、揚げ蒲鉾業界の勢いは衰えつつあり、現在ではほとんどの店が夫婦ふたりで経営している。増田屋蒲鉾店(堀切)も同様で、店主とおかみさんのふたりでお店に立っている。おかみさんは「あのころはこんなふうになるなんて想像もつかなかった」と茶目っ気たっぷりに語った。
息子さんや地域の人々に支えられ、再スタート
創業からずっと堀切の地でおでん種を作り続けてきたが、2年前の2017年12月に近隣の火事によって増田屋蒲鉾店(堀切)に危機が訪れる。もらい火があり、冷蔵庫などおでん種づくりに欠かせない機材が使えなくなってしまったのだ。
「当時は本当に落ち込みました。ショックでなかなか立ち直れなかった」。
意気消沈するおかみさんを救ったのは2人の息子さんたちだった。「またやるべきだ」と応援してもらい、お店を綺麗にして2018年4月18日に再スタートする。
「お店に立ってから日に日に元気なっているようでよかったと皆に言われました。再建してよかったです」とおかみさんはしみじみ語った。また、「応援してくれる息子たちを産んで本当によかった」というおかみさんの言葉を聞いて、息子冥利に尽きると筆者もしみじみとしてしまった。
馴染みのお客さんや地域の人々も応援してくれた。お店に飾られている造花や置物はご夫婦を慕う人たちからの贈り物だという。
「皆が応援してくれるのはご夫婦の人柄があってこそだと言ってくれる」とおかみさんは嬉しそうに微笑んだ。
店主は言葉数が少なく真面目な職人気質の方に見えたが、散歩しているときによく立ち話をするという。また、近所の人たちがよくお店にやってきては、お茶を飲みながら店主と話をしていくそうだ。その人気ぶりを話すおかみさんがやきもちを焼くそぶりを見せ、とても可愛らしかった。
本木店の味を継承する増田屋蒲鉾店(堀切)のおでん種
増田屋蒲鉾店(堀切)で購入したのは14種類。
時計回りに12時から、たこぼうる、やさい揚、イカ揚、しょうが揚、ギョーザ巻、つみれ、やさいぼうる、えびぼうる、カレーボウル、がんも、げそ巻(中央左)、シュウマイ巻(中央右)。このほかにちくわぶと魚のすじも購入。
いつものように味が染み込みにくい大根や玉子、白滝などを先に煮てから練り物のおでん種を投入する。
増田屋蒲鉾店(堀切)の練り物は弾力がしっかりしている。おでん汁につけることによってほどよい柔らかさになり、噛めば噛むほど魚のすり身のうまみが増してくる。おかみさんいわく「本家の立石の増田屋と味は異なると思う。本木のお兄さんの味に近い」そうだ。
やさいぼうるはシンプルな味わいながら、魚のすり身の味がストレートに伝わってくる。
カレーボウルはカレー粉の配合具合がほどよく優しい味だ。
えびぼうるは桜エビが入っていて彩りもよく、エビの芳しい香りがする。
つみれは大ぶりで食べ応えがある。イワシの香りがよく、手作りの丁寧な味がする。
しょうが揚は扇型の形をしている。ねぎと紅生姜が入っており、爽やかな風味が魚のすり身の美味しさをしっかりと引き立てている。
がんもは均整のとれた丸い形が特徴だ。人参や根昆布、ねぎが入っている。噛むとじゅわっとおでん汁が溢れ出す、満足度の高い品だ。
すじは以前は手作りしていたが、現在は市場から仕入れているという。おでん種を作る作業は本当に手間がかかるようだ。熟練の技が必要で、練り物の成形に関しては店主がひとりでおこなっている。
ギョーザ巻はニンニクのうまみがすごい。見た目も大きさもスタンダードでありながら、このニンニクの風味は特筆すべき美味しさだ。
イカ揚は刻んだイカのみとシンプルながら、にじみ出る海の幸の味わいがとてもよい。
やさい揚は人参、ねぎ、小松菜が入っている。さまざまな具材が渾然一体となって彩りがよく、豊かな風味を醸し出している。
げそ巻は少し厚めの魚のすり身が美味しい。一口サイズで食べやすく、噛めば噛むほどゲソのうまみがにじみ出て、魚のすり身と美味しさのハーモニーを奏でる。
たこぼうるはタコのクニクニとした食感が面白く、イカとはまた異なるうまみが魅力だ。魚のすり身の出汁を吸って、大根やこんにゃくがさらに美味しくなっていく。
シュウマイ巻は練り物から焼売が顔をのぞかせる定番の形状。手頃なサイズで食べやすく、挽肉の肉汁も十分で満足感がある。
多くの人に愛され、支えられる増田屋蒲鉾店(堀切)
増田屋蒲鉾店(堀切)は、その味とご夫婦の人柄で、さまざまな人たちに愛されている。
本木の増田屋の味をこよなく愛する人が閉店した本木のお店の味を追い求め、3年ほど東京のおでん種やさんを歩き回ったそうだ。そして見つけたのが増田屋蒲鉾店(堀切)だった。彼は中野で居酒屋を営んでおり、味を気に入って堀切店からおでん種を仕入れることにしたという。筆者が訪れたときもお花茶屋駅の南口にある宝町からわざわざ買いにくるお客さんがいた。
「増田屋のおでんで幼い子どもの離乳食を間に合わせた」なんていうお客さんもいるそうだ。みんな増田屋蒲鉾店(堀切)のおでんの味を愛しつつ、店主やおかみさんの人柄にも惹かれている。筆者もおかみさんに「あなたは私の息子たちに似ていい子だね」と褒めていただき恐縮しつつ、気に入ってもらえてとても嬉しく思った。
かつての二葉商店会は80軒以上のお店が並び買物客でごったがえしていたそうだが、現在では住宅のほうが多くなっている。堀切菖蒲園駅の南側にも大国屋や大阪屋といったおでん種専門店があったが、どちらも閉業してしまった。時代は進み、商店街の賑わいは過去のものとなってしまったが、増田屋蒲鉾店(堀切)のご夫婦は多くの人々に支えられながら困難を乗り越え、今も当時と変わらない美味しいおでんを作り続けている。どうかいつまでも夫婦仲良く、お元気でいてほしいと思う。
増田屋蒲鉾店(堀切)の基本情報
増田屋蒲鉾店
〒124-0006 東京都葛飾区堀切7-7-14
03-3604-9473
定休日:水曜・日曜・祝日
営業時間:9:00~19:30