増英蒲鉾店は東京都江東区北砂の砂町銀座商店街にあるおでん種専門店だ。おでん種は作りおきせず、いつも揚げたてのものが食べられる。鍋に煮込まれたできたてのおでんは1年を通して提供されており、食べ歩きが魅力の砂町銀座で不動の人気を誇っている。
昭和情緒と食べ歩きが魅力の砂町銀座商店街
明治通りと丸八通りのあいだの細い路地に砂町銀座商店街はある。砂町銀座のWebサイトによると、銀座通り商店街に負けないように、昭和7年(1932年)に「砂町銀座」と命名されたそうだ。当時30軒程度が集まる小さな商店街だったが、昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼け野原となったあと、昭和38年(1963年)までに復興し、人口増加によって店舗も増えていった。現在は平日1.5万人、休日は2万人のお客さんが訪れるという。
砂町銀座の魅力はなんといっても昭和情緒が漂うところだ。道幅が狭く、小さな商店が多くて数十年前にタイムスリップした気分を味わえる。また、焼き鳥などお惣菜を販売するお店も多く、食べ歩き(本当に歩きながら食べると迷惑になるので、購入したお店の前で食べるか、持ち帰るようにしよう)も魅力のひとつだ。
駅から少し遠く、バスでないとたどり着けないが、この立地がかえって砂町銀座の懐かしい風景をとどめているのだと思う。向かうときは散歩がてら、時間や心の余裕をもっていくといいだろう。
砂町銀座では、かつて多くのおでん種やさんがあった。お持ち帰り専門の吉田屋(閉業、東京都江東区北砂4-18-14)、大国屋(閉業、東京都江東区北砂4-24-8)、そして今回紹介する増英蒲鉾店だ。
揚げたてのおでん種が楽しめる増英蒲鉾店
増英(ますえい)蒲鉾店は砂町銀座商店街の東口エリアに位置する。砂町銀座のなかでも1、2を争う人気店で、おでんシーズンの冬場はお客さんの列が絶えない。
お店の前にはおでん種を含むさまざまな揚げ物が所狭しと並んでいる。訪れたときは気温30度を超える炎天下だったが、この量を揚げるのは相当暑くてキツい作業なのではないかと思う。
接客をしていただいた2代目のおかみさんに伺うと、夏場はおでんをするお客さんがいないので種類を減らしているのだという。代わりにお惣菜となる揚げ物の割合を増やしているそうだ。
ちなみに昨年の冬に訪れた際のおでん種を見てみよう(上写真)。たしかに定番のおでん種がたくさん積み上げられている。しかし、今並んでいるおでん種の種類や量でもじゅうぶん豪華なおでんができあがるので、おでんが食べたくなったら秋冬を待たずに増英蒲鉾店へレッツゴーだ。
味付イカリングやなす、エビボールなど、この季節にビールのおつまみとして食べたら最高の品が並ぶ。もちろん、定番のおでん種も一緒におつまみとして購入しても問題ない。
ピリ辛ごぼうやあさりかき揚などは、逆におでんに入れても美味しいだろう。実際、筆者は以前に訪れたときにこれらのお惣菜を一緒に買っておでんにした。
豆アジ(小アジ)を揚げたあじから揚は夏の限定商品で、1尾づつ丁寧にはらわたを取り除いている。下ごしらえがとても面倒なので、そのまま食べられるこの商品はお客さんに人気なのだという。アジの旬は夏なので、見つけたらぜひ購入してみるといいだろう。初代のおかみさんいわく「甘酢をつけると美味しい」とのこと。
増英蒲鉾店ではおでん種を作りおきせず、お客さんの流れをみながらその都度揚げている。非常に手間がかかるそうだが「お客さんが揚げたてを期待してくるから、今さらやめるわけにはいかない」のだという。お話を伺っているときも、2代目店主が新しいおでん種を揚げては商品トレイに並べていた。じゅうじゅうと香ばしく仕上がっていて、本当に美味しそうだ。
筆者がよだれをたらしていると、見かねた2代目のおかみさんが揚げたての中華揚を串にさしてごちそうしてくれた。
あつあつに揚がった表面がサクっとして、中はふんわり、溢れるうまみはおでんとして煮たものとはまた違った美味しさだ。たしかにこの味を知ってしまったら、病みつきになるのは間違いない。魚のすり身は生魚をおろして作っているそうで、朝4時から仕込んでいるそうだ。
揚げもの以外のおでん種を見ていこう。注目は自家製のはんぺんだ。最近ははんぺんを作れる職人が減ってきており、原料となるサメも手に入りにくくなっている。増英蒲鉾店では東日本大震災のときにサメが一切手に入らなくなったが、現在は滞りなく入荷しているとのことだ。
はんぺんを手作りしていることもあり、魚のすじも手作りだ。大小あるので好みに合わせて選ぶといい。そのほかにはつみれやちくわぶ、がんもどきや餅巾着など、おでんに必要なものはすべて揃う。
ところで、増英蒲鉾店は価格が非常にリーズナブル。はんぺんが90円、カレーボールも10個で110円だ。具材たっぷりの大きな中華揚だって90円。「ほかのお店は高いでしょう?」と初代のおかみさんがおっしゃっていたが、増英蒲鉾店が安すぎるのだ。お財布に優しいことこのうえない。
増英蒲鉾店は揚げたてのおでん種のほかに、もうひとつ大きな魅力がある。店頭で味わえる調理済みのできたておでんだ。
おでんの鍋を2つ用意しなければならないほどの人気で、客足が絶えないという。夏場は鍋を1つにするが、それでも土日は2つ用意することが多いそうだ。コンビニの状況やニュースなどをみて仕込む量を検討するが、判断を誤ると足りなくなって大変なのだという。
おでん鍋の前にいると湯気の熱で身体中から汗が吹き出てくる。この鍋の前に立っているのは本当に大変だろう。2代目かその娘さんの伯母さんにあたる女性が担当されていたが、保冷剤を仕込んだタオルを首に巻いて熱から身を守っていた。夕方になると西日が真正面にあたってさらに大変なのだが、おでんを楽しみにしてくるお客さんのために頑張っているという。白い頭巾がとってもお似合いで、可愛らしい方だった。
増英蒲鉾店と千住あたりの蒲鉾店の系譜
増英蒲鉾店はお客さんが多いので、お話を伺う隙がほとんどないくらい忙しい。しかし、今回訪れたのは真夏の平日の午後すぎ。お店の方々にも少し余裕ができたようなので、いろいろ質問させていただいた。
増英蒲鉾店は昭和45年(1970年)に創業、現在は2代目店主が活躍しているが、娘さん2人にお店を継いでおり、いずれ本格的に世代交代を行なうだろう。
初代店主は千住大橋のやっちゃ場(市場)にあった増英水産の店主の奥さまの弟さんで、そこで修行をしたあとに独立して砂町銀座に増英蒲鉾店を創業した。ちなみに北千住のマルイシ増英は増英水産の店主のご兄弟がはじめたので、増英蒲鉾店の親戚筋にあたる。
初代のおかみさんのお父さまは千葉県銚子の出身だが、終戦後にやっちゃ場に出稼ぎにやってきて、丸忠増英という蒲鉾店を創業。初代のおかみさんは増英蒲鉾店の店主と結婚した。初代おかみさんの弟さんは丸忠増英の名を受け継いで葛飾区立石の丸忠かまぼこ店を創業した。弟さんはすでに他界しているので、現在の丸忠かまぼこ店は弟さんの奥さまと娘さんが経営しているという。
お店に飾っている木製の看板を見ると、左側に増英の屋号が複数確認できる。丸に「石」がマルイシ増英、丸に「忠」が丸忠増英、赤い丸に「青井」が足立区青井にあった丸石蒲鉾店(閉業、東京都足立区青井4-23-22)で、初代のおかみさんいわく荒川区荒川(町屋)にある丸石蒲鉾店のご兄弟が営業していたらしい。
増英蒲鉾店の初代のおかみさんによると、千住あたりの蒲鉾屋さんの繋がりは、戦中戦後に存在した「東水煉」という組合の存在が大きく影響しているらしい。
東水煉、正式名称「東京水産煉製品工業組合」は東京の蒲鉾業者の団体組織だ。戦中から戦後にかけて原材魚や副資材が配給制に切り替わった際に、東水煉は業務統合体として機能していた。業務統合体、つまり蒲鉾業者がそれぞれ別々に蒲鉾を作るのではなく、ひとつの組織にまとまり役割分担をして練り製品を作るのだ。東水煉は5つの工場があったが、そのなかに千住の工場があった(出典:東京都蒲鉾水産加工業協同組合、1985、『東京のかまぼこの歴史』、40-51)。増英の一派や地域の蒲鉾業者はそこに集まって一緒に作業しながら絆を深めたが、統制が解除された昭和25年(1950年)頃には自立の目処が立ち、増英や丸石などのようにまとまりつつも分かれていったという。
お店にはもうひとつ看板がある。こちらは50年くらい前のもので、先ほどのものは30年くらい前のものだ。さらにもう1枚あったが、そちらは処分してしまったそうだ。
国産アサリをふんだんに使ったあさり屋さんの浅利めし
増英蒲鉾店でいろいろとお話を伺ったあと、もう1軒のお気に入りのお店に足を運んだ。千葉県産のアサリを使ったお惣菜を販売する、あさり屋さんというお店だ。
漁師である旦那さんが獲ってきたアサリを行商していたおかみさんが、平成17年(2005年)に創業した。佃煮やおいなりさんなど、アサリをふんだんに使ったお惣菜も魅力だが、一番人気は浅利めしだ。
あさり屋さんの浅利めしにはアサリがたくさん乗っていて、とても贅沢な逸品だ。すぐに売り切れてしまう人気商品なので、見つけたら即買い必須だ。
アサリやシジミなどの貝でとった出汁と一緒に炊いたごはんがとても美味しい。上の写真で盛られているアサリは撮影のために量を増やしたのではなく、普通によそった結果だ。おでんにも合うので、増英蒲鉾店に行った際にぜひ立ち寄ってみるといいだろう。
訪れた日は休憩時間のようだったのでお店には誰もいなかったが、ワンコが気づいてお店の方を呼んできてくれた。このワンコはいつも大人しくて賢い子だ。おかみさんは浅利めしに負けず劣らず魅力的で味わい深い方なので、会話してみると楽しいと思う。
増英蒲鉾店のおでん種
増英蒲鉾店では12種類のおでん種を購入した。夏場で種類が少ないとはいいながら、並べるとじゅうぶんな貫禄である。
時計回りに12時から、中華揚、いか大判揚、カレーボール、すじ、つみれ、ごぼう巻、いか巻、野菜揚、生姜天、はんぺん(中央上)、しゅうまい巻(中央右)、うずら巻(中央左)。
下茹でした大根や玉子を投入してから、練り物のおでん種を投入して、最後にはんぺんを温めて完成だ。
増英蒲鉾店の魚のすり身はもっちりとした食感で粘りがある。しかし、中華揚など具材がたくさん入っているおでん種のすり身はふわふわとした食感だ。噛むほどに染み出す魚のうまみがなんともいえない。
増英蒲鉾店のオリジナルという中華揚は、ニラ、人参、もやしと唐辛子が入っていて、他店のスタミナ揚げに似たレシピだ。ニラの芳香がとてもよく、唐辛子の辛さもあとからじんわりきて美味しい。揚げたてとはまた違った食感を楽しめる。
生姜天は、魚のすり身のもっちりした食感に生姜の爽やかな香りがよいアクセントとなっている。生姜の香りが最後まで飽きさせず、美味しくいただける。
いか大判揚は刻んだイカのほかに、人参や長ネギなどの野菜が混ぜ込んである。いかのじんわりにじみ出るうまみを楽しみつつ、野菜たちのふくよかな味わいも楽しめるのはなんとも贅沢だ。
野菜揚はふわっとした食感の魚のすり身のなかに、もやしや人参、長ネギなどの野菜が入っている。魚のすり身に野菜の甘みが加わって、豊かな風味を楽しめる。
お次は巻物系を中心に味わってみたいと思う。すじやつみれなど、揚げ物以外のおでん種もどんな味がするのか楽しみだ。
ごぼう巻は定番の美味しさ。太めに切られたゴボウはしっかり風味が生きていて、ごぼう巻ファンにも自信をもっておすすめできる。
いか巻も基本をきちんとおさえた美味しさだ。柔らかくなったイカは嚙みちぎりやすくも、きちんとうまみが感じられて美味しい。
しゅうまい巻は焼売が魚のすり身から顔を出さない密閉型の形状。ひと口サイズで食べやすい。からしをつけて食べると挽肉のうまみがより鮮明になる。
うずら巻は、ウズラの玉子についた焦げ目が美しい。黄身はチーズのようにまろやかでやさしい味だ。
カレーボールはカレー粉の風味がしっかりしていて、子どもにもおすすめのスナックのような味わい。まさに下町名物のおでん種といったところだ。
手作りのすじはもっちり、ねっとりとしていて濃厚な魚の味わいだ。塩加減もしっかりしており、煮込んで多少味が逃げてもじゅうぶんその美味しさを楽しめるだろう。
つみれは魚の臭みがなく食べやすく、もちもちとした食感がとてもいい。4個セットを購入したが、やっぱり8個にしておけばよかったと後悔する。
最後はお待ちかねのはんぺんだ。ふわふわすぎず、固すぎず、適度なもっちり感が魚のうまみをより感じさせる。口どけ感も見事で職人の技を感じる逸品だ。
増英蒲鉾店で働く方たちはとても仲のよいご家族で、みなさんとても親切だった。
明るく気さくに応じていただいた2代目のおかみさん、調理で忙しいなか、はんぺんや原材料の質問に丁寧に答えていただいた2代目店主、マイペースで可愛らしい娘さんおふたり。茶目っ気がありながらも真剣におでんを調理する伯母さん、東京の蒲鉾の歴史を深く知り、ご自身も歴史の一部である初代のおかみさん。
初代のおかみさんは小さな頃からご両親が蒲鉾づくりに携わる姿を目の当たりにし、その厳しさを誰よりもよくご存知のようだった。そのキャリアは75年以上という。2時間かけてサメのアク取りをして調理する煮こごりは、今では初代のおかみさんがいなければ作れないという。
そのまなざしに職人や商売人ならではの鋭さを感じたが、「暑いなか喋りすぎて喉が渇いだでしょう」と冷えたお茶をご馳走してくれたり、「増英はみんな楽しい人が揃っていますよ」と微笑んだお顔はとても可愛らしく、一気にファンになってしまった。
秋冬にも訪れて、豊富に揃った揚げたてのおでん種と秘伝の煮こごりを買いに行きたいと思う。
増英蒲鉾店の基本情報
増英蒲鉾店
〒136-0073 東京都江東区北砂4-9-9
03-3645-1802
定休日:月曜(10日の場合は翌火曜)
営業時間:11:00~18:00
増英蒲鉾店のWebサイト(砂町銀座のWebサイト)
増英蒲鉾店のTwitter
増英蒲鉾店のInstagram