荒川区の荒川二丁目にある丸石蒲鉾店は、生魚を使用した手づくりのすり身にこだわるおでん種専門店だ。今回は丸石蒲鉾店の店頭で調理されるできたておでんを紹介しよう。
冷凍すり身が主流になった現在でも、丸石蒲鉾店では生魚ですり身を手づくりしている。手間暇かけたおでん種の味は格別だが、明るくやさしい店主とおかみさんの接客も大きな魅力となっている。
- 町屋駅近く、荒川二丁目で営業を続ける丸石蒲鉾店
- 生魚を使用した手づくりのすり身にこだわる
- 店主ご夫婦のやさしい人柄に、実家に帰ったような安心感を得る
- 味が染みていながらも美しい形を保つ、丸石蒲鉾店のできたておでん
町屋駅近く、荒川二丁目で営業を続ける丸石蒲鉾店
荒川区の町屋は、都電荒川線や千代田線、京成本線が乗り入れ、多くの人が行き交う賑わいのある街だ。まちやアベニューや町屋駅前銀座商店街といった商店街があり、生活するうえでも便利な場所だ。
銭湯やもんじゃ焼きのお店などがあり、近くには隅田川が流れている。ほのぼのとした下町情緒が漂っていて、ゆっくり散歩するのも楽しい。
丸石蒲鉾店は町屋駅を南東に進んだ荒川二丁目で営業している。この付近は住宅街となっているが、かつては買い回り客で賑わう商店街があった。現在は青果店や米店など数軒が残るのみとなっている。
お店は路地の角にあるが、こじんまりとしているため見落とさないように注意しよう。向かって右側に揚げ蒲鉾を中心としたおでん種が並び、左側に調理済みのできたておでんの鍋が配置されている。
おでんは1年を通して販売しているが、秋冬になると調理前のおでん種のほうが人気となるそうだ。近所の親子連れが通りかかると、子どもがよく「おでん食べたい」とせがむのだという。
おでん汁は前日に濾したものを継ぎ足ししているため、非常にまろやかで深みのある味わいになっている。昆布と鰹節で出汁を取り、醤油や隠し味などを加えて味付けをしている。また、さまざまな種類の揚げ蒲鉾が入っているため、そこからも出汁が出ている。
以前、近くの学校の開校記念日で何百人ぶんのおでんをつくる機会があったそうで、その際にちくわぶなど魚のすり身を使っていないおでん種ばかりを具材としたが、いくら出汁を入れても美味しくならなかったそうだ。そこで揚げボールを入れた途端、ぐんと美味しさが増したそうだ。やはりおでんに練り物は必須なのである。
以前は近くの精肉店で仕入れた鶏ガラを加えて味に深みを出していたという。また、牛テールを加えていたこともあるという。おでん種はたっぷりのおでん汁でじっくり煮てあるが、煮崩れせず美しい形を保っている。
丸石蒲鉾店の最大の特徴は、南千住ローカルの「にくまん」をルーツとするおでん種を扱っているところだ。にくまんは魚のすり身に衣をつけて揚げたもので、肉が不足していた戦後復興期に子どもを中心に人気を博した。丸石蒲鉾店の住所は荒川二丁目なので厳密には南千住ではないが、以前から「フライ(にくまん)」という名前で販売している。詳細は「南千住地域限定のおでん種、にくまん」という記事をご覧いただきたい。
このフライ(にくまん)は鍋に入っていないが、オーダーすると鍋に入れて温めてくれる。これは、表面についた衣が汁でふやけて崩れるのを防ぐためで、お店の前で味わう場合のみ対応してくれる。お持ち帰りの場合は調理前のものを別に購入し、自宅で食べる直前に鍋に入れる。
おでん汁で温めるとふっくらとした衣の食感になる。おでん汁にも油が移り、ふくよかな味わいとなる。丸石蒲鉾店に訪れたら、ぜひ1枚味わってほしい。
生魚を使用した手づくりのすり身にこだわる
自宅調理用の揚げ蒲鉾も見てみよう。向かって右側のショーケースには、さまざまな種類の揚げ蒲鉾が並べられている。油の価格が2倍になるなど、原料費の高騰により10円ほど値上げしたというが、まだまだリーズナブルな価格設定だ。
魚のすり身は生魚を1尾ずつ捌いて手作りする昔ながらのもので、ハナダイ(チダイ)を中心に複数種類を使用している。取材に訪れた日は台風の関係でハナダイが手に入らなかったので、アジを仕入れていた。冷凍すり身も加えるが、やはり生魚を中心にしないと味が決まらないそうだ。ちなみに、この日に入荷した冷凍すり身はキントキダイだった。
平成30年(2018年)の築地市場移転から専門の仲買業者が1軒に減ってしまったことにより、今後生魚を安定入手できるかは不透明なのだそうだ。丸石蒲鉾店では費用が高くついても生魚を仕入れるようにしている。大田区糀谷の愛川屋蒲鉾店などのように、生魚を使用するおでん種専門店で共通した問題となっている。
魚のすじはヨシキリザメを中心としながら、クロカジキ (クロカワカジキ) のすじ肉も加えている。魚のうまみが増して、非常に美味しくなるそうだ。そういえば、千葉県野田市にある蒲鉾の八木橋でも魚のすじにカジキを加えていた。魚のすじは東京を代表するおでん種のひとつだが、手づくりするお店は年々減少している。
店主ご夫婦のやさしい人柄に、実家に帰ったような安心感を得る
原料魚にこだわった揚げ蒲鉾、深みのあるまろやかな味のおでんが魅力の丸石蒲鉾店だが、最大の魅力は店主とおかみさんの人柄だ。おふたりはやさしく穏やかで、訪れると実家に帰ったような安心感を得られる。
店主は足立区青井にあった同名の丸石蒲鉾店(閉業、東京都足立区青井4-23-22)を経営するお兄さまのもとで修行に励み、荒川二丁目で独立した。ちなみにお兄さまは足立区北千住のマルイシ増英で働いていたことがあるという。詳しくは「丸石蒲鉾店のおでん種」の記事をご覧いただきたい。
蒲鉾づくりに対する真摯な姿勢はさることながら、非常に人当たりがよく、やさしい笑顔が魅力的な方だ。原料や製法などに関する質問に対して、いつも丁寧にわかりやすく説明してくれる。
おかみさんは明るくて茶目っ気があり、非常にかわいらしい。それでいてお客さんに失礼にならないように、適度な距離感を保って接客を行っている、相手の立場を第一に考える心遣いに学ぶべきところが多い。
丸石蒲鉾店には後継者はおらず、店主ご夫婦かぎりの営業となる。原料魚の入手もますます困難になってくると思うが、こちらのような下町の名店は末永く残り続けてほしいものだ。
味が染みていながらも美しい形を保つ、丸石蒲鉾店のできたておでん
お店でしばらく話をうかがいながら、できたておでんを購入した。丸石蒲鉾店では11種類を購入した。
時計回りに12時から、大根、やさい揚、じゃがいも、たこボール、結び昆布、なると、餃子、フライ(にくまん)、魚のすじ、玉子(中央上)、つくね(中央下)。なお、たこボールはご好意でおまけしていただいた。
お持ち帰り用に購入すると、ポリ袋に入れてくれる。おでん汁がこぼれないように二重にしていただき、フライ(にくまん)は揚げたてなので口を結ばずに渡していただいだ。さらに紙袋に入れ、手提げ用のポリ袋にも入れていただく。おかみさんのきめ細やかな配慮が嬉しい。なお、希望するとからしをつけてくれる。
すぐに食べる場合は鍋に移して温めよう。フライ(にくまん)は食べる直前に鍋に投入する。温める時間は好みだが、あまり長く汁につけると衣が分解してしまうのでほどほどにしておこう。
中まで温まったら器に盛り付けて、早速いただく。汁がそれぞれのおでん種にしっかり染みて、褐色に染まっている。それでいて、煮崩れしておらず美しい形状を保っている。
店頭で食したフライ(にくまん)をあらためて味わう。にくまんやフライはお店によって原料が多少異なるが、丸石蒲鉾店のものは魚のすり身にソーセージと玉ねぎを加えている。にくまんの発祥のお店といわれるジョイフル三ノ輪の神崎屋のものはすり身を潰したといわれているが、こちらの食感はふわっとしている。
大根は煮崩れておらず、美しい形をとどめているが、芯まで飴色に染まっている。大根の風味もほどよく残っていて、まさに食べ頃といったところだ。
玉子も美しく褐色に染まっている。黄身はぱさぱさしておらず、非常にまろやかでフレッシュな味わいだ。
じゃがいももまったく煮崩れを起こしていない。ごろっとしたボリューム感で満足度が高い。中まで火が通っていて、ふっくらとした食感が楽しめる。
餃子(餃子巻)は大きめに成形されており、魚のすり身が厚めに巻かれている。すり身はしっかりとした食感で、肉だけでなく魚のうまみもじゅうぶん堪能できる。
魚のすじは丸石蒲鉾店の自家製のものだ。ヨシキリザメをメインにしながら、クロカジキ(クロカワカジキ)のすじ肉が加えられている。おでん汁が染みていて、口の中でほろりと崩れる。魚の臭みはまったく感じられず、うまみだけを楽しめる。
やさい揚は笹掻きしたごぼうと人参が練り込まれている。こちらの魚のすり身もしっかりとした食感で、噛めば噛むほど魚のうまみを堪能できる。ごぼうと人参の組み合わせも非常にバランスがよい。
たこボールはボール状に成形したすり身にタコが入っている。店頭販売のできたておでんの場合は1串2個の販売となる。タコは弾力を残しながらも柔らかく、非常に味わい深い。調理前のものを購入して、オーブンで炙ったあとにマヨネーズをつけて食べても美味しい。
なるとも表面が褐色に染まるまでしっかり煮てあるが、うまみをほどよくとどめている。揚げ蒲鉾などほかの練り物とは異なる滑らかな食感を味わえる。
つくねは1串3個の販売となる。ひと口の中に鶏肉の美味しさがぎゅっと詰め込まれている。非常に滑らかな舌触りで、丁寧な下ごしらえをうかがわせる。
結び昆布はほかのお店のものに比べて2倍ほど大きく、食べ応えがある。結び目も大きいが柔らかく、昆布のうまみを存分に楽しめる。脇役的な扱いをされることが多いが、なくてはならない存在だ。
蝉の声が鳴りをひそめ、軽やかな風が心地よい季節に移りつつある。訪れた日はおでんを求める常連客で賑わっており、店主ご夫婦は非常に忙しそうだった。おふたりは黙々と、あうんの呼吸で作業を進めていた。筆者はこの仲睦まじいおふたりの姿を眺めるのが大好きだ。
店主は「営業を続けられなくなったとき、フライ(にくまん)を受け継いでくれるお店があったらいいな」とおっしゃっていたが、筆者はできることなら店主がつくるフライ(にくまん)をいつまでも味わい続けたいと思った。過ぎゆく時間には逆らえないが、おふたりにはお身体に気をつけていただきながら、末長く美味しいおでん種を提供していただければと思う。
丸石蒲鉾店の基本情報
丸石蒲鉾店
〒116-0002 東京都荒川区荒川2-47-10
03-3891-4727
定休日:日曜日
営業時間:10:00~19:00