江東区北砂の砂町銀座商店街にある増英蒲鉾店は、いつも客足が絶えない人気のおでん種専門店だ。今回は、増英蒲鉾店の店頭で販売するできたておでんを紹介しよう。
増英蒲鉾店の紹介記事は3回目となる。今回とあわせて前回記事「増英蒲鉾店のおでん種」と「緊急事態解除後、増英蒲鉾店へ訪問」もご一読いただければと思う。また、増英の名を冠したほかのおでん種専門店とのつながりについては「増英の系譜」という記事を参照いただきたい。
最盛期のおでん種専門店の魅力をとどめる増英蒲鉾店
江東区北砂の砂町銀座商店街は、平日1.5万人、休日は2万人のお客さんが訪れる江東区随一の商店街だ。お年寄りだけでなく、若い人たちも多くて活気に溢れている。
明治通りと丸八通りのあいだの細い路地には個性的なお店が立ち並び、魅力的なお惣菜がたくさん並んでいる。以前に比べてチェーン店が増えたが、古くから営業を続ける個人商店が依然として多い。
東京おでんだねが訪れたのは12月の半ばだったが、店先にはお正月用の商品が並べられていた。おせち用の食材も、この商店街ですべてまかなえるだろう。道行く人々もどこか慌ただしくみえて、いよいよ年末が近づいていると感じさせる。
今回紹介する増英蒲鉾店は商店街の東口エリアにある。昭和45年(1970年)創業なので、50年以上の歴史がある。寒い時期、とりわけ年末はお客さんでごったがえし、取材もままならないほどの忙しさだ。
お店正面左側には大きなおでん鍋が2つ並べられている。鍋ひとつだけでも仕切りが12個もあり、入っているおでんの量もとてつもなく多い。「今回はできたておでんを取材に来ました」と伝えると、初代のおかみさんは「今日はおでんの量が少ないのよね」とおっしゃっていた。この量で少ないなら、万全のときはどのくらいのものなのか想像もつかなかった。
濃い色のおでん汁にしっかり浸かったおでん種が美味しそうだ。そう思う束の間、お店の奥から新たなおでん種がどんどん足されていく。作ってもその場から売れてしまい、お客さんの需要を満たすのが大変そうだった。夏場は鍋を1つにするが、土日は2つ用意することも多いそうだ。
大きくて厚い大根も美しい飴色に染まっている。おでん汁の出汁は鰹節、昆布のほかに煮干しも加えているそうだ。汁は継ぎ足しとなるが、長いお休みの際は新しいものに取り替える。それでも、1日でこれだけの大量のおでん種を調理していれば、すぐに味わい深いおでんになる。
メニューや価格はお店に掲げられているのでわかりやすい。さらに、増英のTwitterでも告知してあるので、気になる方はフォローするといいだろう。ちなみに、Instagramのアカウントもある。オーダー時の注意点も掲げてあり、すぐ食べるのか、それとも持ち帰るのかを最初に伝えるように促している。
ほかのおでん種専門店にはない増英のできたておでんの種といえば蒲鉾がある。定番の揚げ蒲鉾ではなく、蒸した板付蒲鉾だ。この記事のあとの方でレビューするが、ふわふわになった柔らかい食感が魅力だ。
取材の撮影を続けていると、初代のおかみさんが鍋で煮た熱々の中華揚をご馳走してくれた。染みたおでん汁と揚げたての魚のすり身の美味しさが口中に広がって、悶絶するほど美味しかった。この美味しさは筆者の文章力では表現できないほどなので、ぜひお店に訪れて直接味わってほしい。
初代のおかみさんは真っ直ぐな性格の方なのだが、非常に懐が深い方だ。ご家族や旦那さまとともに蒲鉾業界に携わり、戦中から現在にかけて、その移り変わりを目の当たりにしている。お店の前ではいつも真剣勝負で対応されているので、いつかゆっくりお話をうかがいたいと思っている。
おでん種のほうはお客さんが多くて品数が不足していたが、それでも20種類以上あった。確実におでん種を確保したい場合は予約しておいたほうがいいが、残念ながら2021年の受付はすでに終了している。揚げ蒲鉾の製造は30日までで、28日からは個数制限している。31日も営業しているが、蒲鉾や伊達巻などお正月用の販売となる。常にTwitterかInstagramで情報を収集しておくといい。
増英蒲鉾店は常時おでん種を揚げているので、少し待てば補充される。お店まで行って品揃えを確認し、足りなければ砂町銀座を散歩してしばらく待ち、揚げたてのものを確保するといいだろう。ちなみに揚げたてのものはとても美味しいので、ひとつはその場で食べてみることをおすすめする。
お店の前に数分いるだけで、お客さんが列を作ってはおでん種やできたておでんを購入していく。入れ替わり立ち替わり、常に活気に満ちている。この賑やかな雰囲気は、筆者が子どものころのおでん種やさんや商店街の最盛期を思い起こさせる。
何十年か前のおでん種やさんは、作ったそばから売れていくものだった。それと同時に商店街には人が溢れ、さまざまな交流があった。増英を取材した際も、常連さんが「70歳にもなると年寄りだけど、おかみさんからはまだまだ若いって言われて困っちゃう」とおっしゃっていて、おかみさんは「そうよ、あなたももっと頑張りなさいよ」と声をかけていた。大手のチェーン店では丁寧な接客が保証されるが、心に踏み込んだあたたかい交流は期待できないし、すべきでもない。人情あふれるやりとりを目の当たりにして、あらためて増英蒲鉾店は往年のおでん種専門店の素晴らしさを留める名店だとしみじみ思った。
おでん汁がしっかり染みた、増英蒲鉾店のできたておでん
今回、増英蒲鉾店で購入したできたておでんは12種類。ひとつひとつの種が大きく、食べ応えがありそうだ。
時計回りに12時から、大根、こぶ、フランク、ボール、ちくわ、中華揚、こんにゃく(中央左上)、いいだこ(中央上)、玉子(中央右上)、じゃがいも(中央右下)、ちくわぶ(中央下)、かまぼこ(中央左下)。
ビニール袋がぱんぱんになるほど、おでん汁を入れてくれる。3つの輪ゴムでしっかり縛ってくれるので漏れることはない。からしは頼まなくてもたくさん付けてくれる。
いつものように鍋に移し、弱火でゆっくり温める。実際は、汁がたっぷりなので帰宅中に冷めることなく、すぐに食べるなら温めなくてもいいくらいだった。
お皿などに盛り付けたら即完成。おでん汁はさまざまなおでん種の出汁が溶け込み、複雑ながらも優しい味わいがする。汁が余ったら、炊き込みご飯やカレーに利用しても美味しいだろう。
まずは、筆者イチオシの中華揚。店頭で初代おかみさんにご馳走していただいたものだ。断面を見ていただければ、もやしや人参など野菜がたくさん入っていることが確認いただけるだろう。ざくざくとしたもやしと、揚げ蒲鉾のふわふわ感が相まって最高の食感となっている。また、唐辛子のほどよい辛さがぴりりと効いていて癖になる美味しさだ。
かまぼこは板付蒲鉾をそのままおでんにしている。ふわりとした柔らかい食感となりながら、きめの細かい舌触りが面白い。もちろん、魚のうまみもしっかり残っている。
大根はおでん汁がたっぷり中まで染みこんでおり、食べると汁が大量に溢れ出す。まるで、そのままおでん汁を飲んでいるような感覚だ。同時に大根の丸くやさしい味わいも楽しめる。
玉子ももちろん、褐色の素晴らしい色に染まっている。断面の中ほどまで染まっていて、味もよく染みこんでいる。黄身はぱさつきすぎず、ねっとりまろやかだ。
じゃがいもはかなり大きなものを使用しており、女性の拳くらいはあるのではないだろうか。中までしっかり火が通っており、もっちり、しっとりとしていて、澱粉のうまみが十二分に味わえる。
こぶはかなり大ぶりで結び目もかなりボリュームがある。くたくたになりすぎず、しかし、噛むと解けるように柔らかく、昆布のうまみを存分に楽しめる。おでんのメインになれるほど、しっかりとした存在感がある。
いいだこはほどよい柔らかさながら、噛み応えのある食感を残している。部位によってさまざまな味わいを楽しめるが、冬季限定なので見つけたら必ず購入することをおすすめしたい。
ちくわぶはくたくたになる寸前のとろりとした味わいが非常に美味。小麦粉の味わいを感じつつ、染みこんだおでん汁の味を同時に楽しめる。やっぱり、おでんにちくわぶは欠かせないなと思わせる、最高の状態をキープしている。
ちくわは斜めに切られた入射角が非常に浅く、まるで穴子の寿司のように長い。おそらく、1本を2つに切り分けた贅沢仕様なのだろう。おでん汁が染み込みつつも、焼きちくわの魚のうまみがしっかり感じられる。おそらくは青森産の牡丹ちくわと思われる。
フランクもボリューム満点で、味が染み込むように包丁で細かく切れ目が入っている。肉のうまみが魚由来の出汁と融合し、満足感の高い味わいとなっている。鍋のなかで肉のうまみを逃すまいと踏ん張っていたフランクのいちばん美味しいところを味わう背徳感が何とも言えない。
ボールはスタンダードな揚げ蒲鉾で、魚のすり身をじゅうぶんに堪能できる。できたておでんの場合は1串3個がセットになっている。
こんにゃくは口のなかで弾けるようなぷりぷりの食感がたまらなく美味しい。蒟蒻芋のうまみとおでん汁の相性は素晴らしいものだとあらためて感じさせる。
増英蒲鉾店は揚げたてのおでん種にこだわっており、そのクオリティはかなり高い。また、繁盛店にもかかわらず、スケソウダラやマダラ、クロダイやマダイなどの生の魚を捌いてすり身にする、手間を惜しまない姿勢も素晴らしい。夏には小アジの唐揚げ、秋にはカレイの唐揚げなどを生産して販売するなど、一年を通しておでん以外の魅力的な商品も提供している。それに加えて、今回あらためて店頭で調理するできたておでんを味わったがこちらの味も素晴らしかった。
これらの商品の素晴らしさが多くのお客さんの心を鷲掴みにする要因となっているが、お客さんとの絶妙な心のやり取りも魅力のひとつだと思っている。丁寧な接客だけではなく、馴染みのお客さんであれば多少厳しい言葉もかける。相手を信頼しているからこそ、そこに踏み込むことができるのだ。こんな当たり前のやり取りの大切さを思い出させる懐の深さが、増英蒲鉾店のいちばんの魅力だと思っている。
増英蒲鉾店の基本情報
増英蒲鉾店
〒136-0073 東京都江東区北砂4-9-9
03-3645-1802
定休日:月曜(10日の場合は翌火曜)
営業時間:11:00~18:00
増英蒲鉾店のWebサイト(砂町銀座のWebサイト)
増英蒲鉾店のTwitter
増英蒲鉾店のInstagram