増英の系譜

東京のおでん種専門店には「増英(ますえい)」という屋号のお店がある。現在では北千住のマルイシ増英と北砂の増英蒲鉾店の2軒のみとなってしまったが、かつては何店舗か存在した。今回は「増英」のお店の歴史や各店の関係性を整理していきたいと思う。

東京都江東区北砂 砂町銀座商店街:増英蒲鉾店
砂町銀座商店街の人気店、増英蒲鉾店

なお「増英」の歴史については、北砂の増英蒲鉾店の初代おかみさんから伺ったお話を頼りに、東京おでんだねが独自に調査した情報を加えて考察している。

足立市場周辺で広がった増英の店舗

まず、増英の歴史でもっとも重要な場所となる「中央卸売市場 足立市場」を紹介しよう。足立市場は都内で唯一の水産専門市場である。

東京都足立区千住橋戸町:足立市場

歴史は古く、天正年間までさかのぼる。川魚や青物、米穀などが集まる市場として賑わい、江戸3大青物市場のひとつとして幕府の御用市場になった。
昭和20年(1945年)には千住河原町の青果市場荷受組合と西新井村本木町の東京北魚市場を収容し、中央卸売市場足立市場として生まれ変わったが、施設が狭くなったことを理由に昭和54年(1979年)に青果部門を移転させ、水産物の専門市場となる(参考:東京都中央卸売市場)。

戦中から戦後にかけて、足立市場に東水煉(東京水産煉製品工業組合)と呼ばれる団体組織の工場のひとつが存在した。東水煉は東京の蒲鉾業者の団体組織で、原材魚や副資材が配給制に切り替わった際に業務統合体として機能していた。業務統合体、つまり蒲鉾業者がそれぞれ別々に蒲鉾を作るのではなく、ひとつの組織にまとまり役割分担をして練り製品を作るのだ。(出典:東京都蒲鉾水産加工業協同組合、1985、『東京のかまぼこの歴史』、40-51)。

増英の一派や地域の蒲鉾業者はそこに集まって一緒に作業しながら絆を深めたが、統制が解除された昭和25年(1950年)頃には自立の目処が立ち、増英や丸石などのようにまとまりつつも分かれていったという。

東京都足立区北千住 北千住サンロード商店街:マルイシ増英
足立市場近くに工場もあるマルイシ増英(足立区北千住)

増英においては増英水産というお店が中心的な存在だった。増英蒲鉾店の初代おかみさんのお話では、北千住のマルイシ増英は増英水産の店主のご兄弟が創業、増英蒲鉾店の初代店主は増英水産の店主の奥様の弟さんがはじめたお店である。また、初代のおかみさんのお父さまは終戦後に千葉県の銚子から足立市場に出稼ぎにやってきて、丸忠増英という蒲鉾店を創業したという。「丸忠増英」という名前のとおり、増英に関係していたことは間違いない。

増英水産(足立区千住橋戸町50)は初代となる増田英太郎氏が戦前から足立市場で揚げ蒲鉾の製造販売を行っていた。現在では練り物や塩干物、海鮮冷凍品を取り扱う仲卸となっている。

東京都足立区南千住:千住大橋
足立市場の近くにある千住大橋

足立市場周辺では、増英水産のほかに増英に関係するお店が存在した。日本食品経済社の「蒲鉾年鑑 昭和50年度版」によると「増英商店」という名のお店が2軒掲載されている。代表者が増田行雄と石田正民となっているが、千住河原町96のほうは後年に石田正義となっておりマルイシ増英の店主と同じなので、おそらく同店舗と思われる。

増英に関係するおでん種専門店

増英の名は冠していないものの、関係するお店はまだまだある。下の図を見てほしい。

増英関係想像図
増英関係想像図(クリックして拡大)

まず、増英蒲鉾店の初代おかみさんのご両親が経営していた丸忠増英を引き継いだお店として葛飾区立石の丸忠かまぼこ店がある。

丸忠かまぼこ店(葛飾区 立石)
丸忠増英を引き継いだ丸忠かまぼこ店(葛飾区立石)

増英蒲鉾店の初代おかみさんの弟さんが創業し、現在は弟さんの奥さまと娘さんが経営している。おでんが食べられる飲み屋を併設しており、テレビなどで頻繁に紹介される人気店だ。

東京都荒川区荒川二丁目:丸石蒲鉾店

マルイシ増英から派生したのは丸石蒲鉾店だ。かつて足立区青井兵和通りにあった丸石蒲鉾店(閉業、足立区青井4-23-22)の店主はマルイシ増英で働いていたという。さらにその店主の弟さんは、店主のもとで修行をしたのち荒川区荒川2丁目で同名となる丸石蒲鉾店を創業し、現在に至る。

板橋区大谷口北町:蒲吉商店

板橋区の大谷口北町にある蒲吉商店も増英に関係している。こちらの店主は千代田区小川町の東京電機大学の旧東京神田キャンパス近くにあった増英の支店で修行されていた。

東京都江東区北砂 砂町銀座商店街:増英蒲鉾店

北砂の増英蒲鉾店に掲げられている看板を確認してみよう。この看板は30年ほど前のものだという。左側に丸石の増英(マルイシ増英)、丸忠の増英(丸忠増英)、青井の増英(青井の丸石蒲鉾店)、魚河岸の増英の屋号を確認できる。魚河岸の増英は増英水産だろうか。

さまざまなつながりを経て多くのおでん種専門店が生まれていったが、それぞれのお店で独自の発展を遂げており、現在では各店の関係性も希薄になりつつある。おでん種に共通する意匠がみられるかと思い調べてみたが、形や味だけでなく食感も異なっていた。これは増英にかぎったことではなく、増田屋大国屋にもみられる現象である。

東京都足立区北千住 北千住サンロード商店街:マルイシ増英

なにげなくお店に訪問しているだけだと気づくことはまったくないが、店主に話しかけると各店の意外な関係性を知ることができる。今回紹介したお店を複数訪問して、お話を聞きながら味の違いを確かめてみるのも面白いだろう。

増英蒲鉾店の基本情報

増英蒲鉾店
〒136-0073 東京都江東区北砂4-9-9
03-3645-1802
定休日:月曜(10日の場合は翌火曜)
営業時間:11:00~18:00
増英蒲鉾店のWebサイト(砂町銀座のWebサイト)
増英蒲鉾店のTwitter
増英蒲鉾店のInstagram

マルイシ増英の基本情報

マルイシ増英
〒120-0034 東京都足立区千住3-3-20
03-3881-1780
定休日:日曜
営業時間:10:00~18:30
マルイシ増英のYouTubeチャンネル

丸忠かまぼこ店の基本情報

丸忠かまぼこ店(おでんの丸忠)
〒124-0012 東京都葛飾区立石1-19-2
03-3696-6788
定休日:木曜日・第3水曜日
営業時間:11:00~19:00(飲み屋のおでんの丸忠は15:00~22:00)

丸石蒲鉾店の基本情報

丸石蒲鉾店
〒116-0002 東京都荒川区荒川2-47-10
03-3891-4727
定休日:日曜日
営業時間:10:00~19:00

蒲吉商店の基本情報

蒲吉商店
〒173-0031 東京都板橋区大谷口北町80−3
03-3956-1531
定休日:日曜日
営業時間:8:00~18:30

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