東京のおでん種やさんの袋詰

袋詰(ふくろづめ)は、油揚げにさまざまな具材を詰め込んだおでん種の総称だ。餅だけを入れたもち巾着にはじまり、白滝、挽き肉、鶏肉、人参など、おでん種専門店によってバラエティに富んだ袋詰が存在する。今回は、東京のおでん種専門店が提供する各種の袋詰を紹介したい。

東京のおでん種やさんの袋詰

油揚げにはいろいろな調理方法があるが、さまざまな具材をまとめあげる「袋」としての使い道がある。油揚げは出汁を吸い、内側の具材の汁をしっかり閉じ込め、ほどよい油をまといながらもほのかな大豆の味が漂う。油揚げには、ほかの具材を美しく調和させる力があるのだ。

白滝や肉、野菜、うどんなどの具材を油揚げに詰め込み、濃いめの味に仕上げることもあれば、淡白な味にまとめるものもある。名称はさまざまで、袋詰(袋詰め)、信田煮や信田袋、巾着や巾着煮、宝袋や宝袋煮、袋煮などがある。信田(しのだ)は大阪府和泉市の信太(信田)の森が由来で、安倍晴明の母親である葛の葉狐から連想して、油揚げを使った料理に用いられる。袋煮は卵の袋煮によく用いられる名称だ。

おでんの袋詰の発祥と歴史

江戸中期に油揚げが一般庶民の間で愛されるようになり、煮物などに使われるようになった。天明2年(1782年)に編纂された豆腐百珍でも油揚げ(油揚とうふ)が紹介されている(参考:国立国会図書館デジタルコレクション「豆腐百珍」19コマ)。さまざまな具材を入れる袋として用いられるようになった時代は判然としないが、江戸時代末期にいなり寿司が登場しているので(参考:一般社団法人全日本いなり寿司協会「いなり寿司の歴史」)そのころにはすでに存在したと思われる。

東京のおでん種やさんの袋詰

おでんの袋詰を作り出したのは文京区本郷のおでん屋さんである「呑喜」(閉業、東京都文京区向丘1-20-6)といわれている。こちらは現在のおでんの元祖となる煮込みおでんを創り出したお店でも有名だ。

「呑喜」跡地(東京都文京区向丘1-20-6)
「呑喜」跡地(東京都文京区向丘1-20-6)。現在はタピオカ屋になっている

明治20年(1887年)の創業から約20年後、2代目の荒井常蔵さんが油揚げに銀杏やタケノコなど季節に合わせた7つの具材を入れた「七福神の福袋」を考案した。しかし、お店は東大近くにあったため、学生の趣向に合わせて牛肉と白滝、玉ねぎを組み合わせたすき焼き仕立ての「袋」に切り替えたという(参考:平凡社、菊池武顕著「あのメニューが生まれた店」P43)。ちなみに、大根のおでん種を考案したのも呑喜の2代目店主だそうだ。

おでんの餅巾着の調理方法

おでんの巾着として代表的なもち巾着を生み出したのは兵庫県神戸三宮の昭和2年(1927年)創業の「まめだ」というおでん屋さんだという。その後はおでん屋さんだけでなく、あらゆるお店や家庭でさまざまな具材を用いた袋詰が生まれていったのは想像に難くない。

東京のおでん種やさんの袋詰

現在営業している東京のおでん種専門店でも袋詰は存在する。お店によって具材は異なり、独自の世界観を築き上げている。8軒の袋詰をそれぞれ紹介していこう。

東京のおでん種やさんの袋詰

1日かけて東京各地を駆け巡り、袋詰ばかりをかき集めていった(大変だった…)。時計回りに12時から、増田屋蒲鉾店(京成小岩)のふくろづめ、佃忠かまぼこ店(田端)のすき焼袋と袋詰め、大国屋(京島)のふくろ詰め(おもち、キャベツ入り)とふくろ詰め(うどん、豚肉入り)、美好商店の野菜袋、蒲重蒲鉾店の袋詰、佃忠蒲鉾店(向島)のやさい袋(中央左)、大清かまぼこ店の袋詰め(中央右)。写真に掲載していないが、増田屋かまぼこ店(綾瀬)の袋詰(仮称、豚バラ肉と白滝)も購入した。

大清かまぼこ店の袋詰

西東京市ひばりが丘にある大清かまぼこ店の袋詰は、見た目がとても華やかで芸術品のようだ。刻んだ白菜と人参、白滝、お肉、餅が入っている贅沢なものだ。

大清かまぼこ店(西東京市 ひばりが丘) おでん種:袋詰め

油揚げの上には人参とインゲンがあしらわれており、とても美しい。まるで、料亭で出てくる高級料理のような存在感だ。おでん鍋に加えると一気に上品な雰囲気が漂う。

大清かまぼこ店(西東京市 ひばりが丘) おでん種:袋詰め

白菜からたくさんの汁があふれ、お肉の肉汁と混ざり合う。汁気を吸い込んだ白滝にかぶりつくと、上品で淡白な味が口のなかに広がる。お餅も味の調和を乱さず、空腹感を満たしてくれる。油揚げの上の人参とインゲンも野菜の香りと味を残し、さりげなく主張している。
お肉が傷みやすいため暖かい季節は販売していないそうなので、購入する場合は事前に電話で確認するといいだろう。

佃忠蒲鉾店(向島)のやさい袋詰

墨田区向島にある佃忠蒲鉾店(向島)のやさい袋も美しい。大清かまぼこ店の袋詰に似ているが、この色の組み合わせにはセオリーがあるのだろうか。

佃忠蒲鉾店(墨田区 向島) おでん種:やさい袋

油揚げの上には人参とさやえんどう、椎茸があしらわれている。橙色、緑色、黄色に椎茸の茶色が加わり、見ているだけで幸福感に満たされる。

佃忠蒲鉾店(墨田区 向島) おでん種:やさい袋

中身は刻んだキャベツ、挽き肉が入っている。こちらも汁気が洪水のように押し寄せ、味わい深い肉汁が口のなかに漂う。椎茸の風味も素晴らしい。

東京のおでん種専門店では、軍艦巻きのようなスタイルの袋詰は大清かまぼこ店と佃忠(向島)の2軒のみとなっている。上にのせた具材が乾燥しやすいため製造しなくなったお店が多いそうだが、芸術的な美しさがあり非常に魅力的なおでん種だ。

佃忠かまぼこ店(田端)の袋詰めとすき焼袋

北区田端にある佃忠かまぼこ店(田端)は2種類の袋詰が存在する。なると巻がついているのがすき焼袋、通常の巾着スタイルのものが袋詰めだ。

佃忠かまぼこ店(北区 田端)おでん種:すき焼袋と袋詰め

なると巻は2つの袋詰の中身を判別するための工夫なのだろう。とても可愛らしく、子どもにも喜ばれそうな外観をしている。

佃忠かまぼこ店(北区 田端)おでん種:すき焼袋

すき焼袋は甘く煮付けられた牛肉と刻んだ玉ねぎが入っている。油揚げの中身はほとんどが牛肉という贅沢仕様で、とろけるような脂のうまみと玉ねぎの甘みが口に広がるさまはすき焼きそのもの。佃忠(田端)に行ったらぜひ購入したい逸品だ。

佃忠かまぼこ店(北区 田端)おでん種:袋詰め

袋詰めは餅とうずら、白滝が入っており、もち巾着の豪華バージョンといったところ。黄身の柔らかく豊かな味わいを、お餅と白滝がやさしく受け止める。白滝の食感がよいアクセントとなっている。

大国屋(京島)のふくろ詰め2種

墨田区京島にある大国屋(京島)も2つの袋詰が存在する。餅とキャベツが入ったものと、うどんと豚肉が入ったものだ。こちらも取材した週で販売終了だったので、ぎりぎり間に合った。

大国屋(墨田区 京島) おでん種:ふくろ詰め(おもち、キャベツ入り)と(うどん、豚肉入り)

見た目に違いはないが、餅とキャベツのふくろ詰め(上写真の右)のほうがすこしだけ大きいように見え、中身がうっすら透けている。

大国屋(墨田区 京島) おでん種:ふくろ詰め(おもち、キャベツ入り)

正式名称は「ふくろ詰め(おもち、キャベツ入り)」。刻んだキャベツがたっぷり入っており、汁を大量に含んでいる。餅がキャベツの汁と混ざり合い、安心感を与えるやさしい味となっている。

大国屋(墨田区 京島) おでん種:ふくろ詰め(うどん、豚肉入り)

こちらは「ふくろ詰め(うどん、豚肉入り)」という名称で、豚肉から出た肉汁とボリューム満点のうどんが絡み合う、淡白ながらも満足感の高い素晴らしい組み合わせだ。

以前は大国屋(京島)でも大清かまぼこ店や佃忠(向島)のような軍艦巻スタイルの袋詰を作っていたそうだ。どのような見た目や味だったのか興味は尽きない。

美好商店の野菜袋

江東区三好にある美好商店の袋詰は野菜袋。販売終了直後に連絡したのだが、わざわざ作っていただいた。暖かい季節と繁忙期の歳末は製造していないので、購入する際は電話で確認をとり、予約しておこう。

美好商店(江東区三好)おでん種:野菜袋

美好商店の野菜袋は油揚げを巻く干瓢が二重になっているのが特徴だ。俵のようなたたずまいが頼もしくもあり、上品にも見える。

美好商店(江東区三好)おでん種:野菜袋

刻んだキャベツと白滝、うずらの卵、合いびき肉、さらに焼きちくわが入った贅沢なおでん種だ。具材によって異なる味が楽しめるが、キャベツと白滝が全体の味の調和を保ち、非常に上品な仕上がりとなっている。

蒲重蒲鉾店の袋詰

杉並区阿佐谷にある蒲重蒲鉾店の袋詰は野菜がたくさん詰まっている。椎茸や昆布を用いているのが特徴だ。

蒲重蒲鉾店(杉並区阿佐谷南) おでん種:袋詰

うっすらと中身の緑色が透けて渋いトーンとなり、大人の印象を醸し出している。しっかりと干瓢で結んであり、煮ても中身がこぼれてしまうことはない。

蒲重蒲鉾店(杉並区阿佐谷南) おでん種:袋詰

人参、白滝、キャベツ、椎茸、昆布が入っており、どれも刻んである。油揚げがぱんぱんになるほど詰め込まれており、ボリューム満点だ。椎茸と昆布のうまみが効いており、通もうなずく大人向けの味わいだ。

増田屋蒲鉾店(京成小岩)のふくろづめ

葛飾区鎌倉にある増田屋蒲鉾店(京成小岩)のふくろづめは、白滝がたっぷり入っていて、ほかのお店よりも大ぶりだ。

増田屋蒲鉾店(京成小岩)のおでん種:ふくろづめ

すこし平たい形となっており、全長は東京のおでん種専門店のなかでも大きな部類に入る。ひとつ食べただけでも満足感を得られることだろう。

増田屋蒲鉾店(京成小岩)のおでん種:ふくろづめ

中身は白滝と豚肉のシンプルなものだが、白滝の量が半端ない。噛んだときの感触と、じゅわっとあふれる汁気が素晴らしい。豚肉のやさしい肉汁の味わいもシンプルながら幸福度の高いものとなっている。

増田屋かまぼこ店(綾瀬)の豚バラ肉と白滝の袋詰

足立区綾瀬にある増田屋かまぼこ店(綾瀬)の袋詰は正式名称が不明なため、豚バラ肉と白滝の袋詰(仮称)としている。

増田屋かまぼこ店のおでん種:豚バラ肉と白滝の袋詰

こちらのみ、店頭で販売している調理済みおでんのものを購入した。調理前のものもあったが、購入するお客が少なくなったため現在は販売していないという。

増田屋かまぼこ店(綾瀬)のおでん種:豚バラ肉と白滝の袋詰

中身は増田屋蒲鉾店(京成小岩)のふくろづめと同じく、ボリューム満点の白滝と豚バラ肉。店主は綾瀬店のオリジナルと教えてくれたので、京成小岩店のほうが後から販売するようになったのだろうか。どちらも同じ増田屋の暖簾分けであり、綾瀬店と京成小岩店は兄弟弟子の関係なので少なからず影響はあるのだろう。綾瀬の店主が立石の増田屋で修行していた時代は袋詰を専門でつくる高齢の女性がいたと教えてくれた。

東京のおでん種やさんの袋詰

今回はざっと8軒の袋詰を紹介したが、ほかにもオリジナリティに富んだ袋詰を提供するおでん種専門店がある。例えば、荒川区小台にある大阪屋はもち巾着に鶏肉を入れていたり、平澤かまぼこ王子駅前店のもちぶくろには餅のほかに刻み昆布を入れている。それぞれの創意工夫によって異なる袋詰が存在するので、油揚げに包み込まれた味の小宇宙を体験しに東京のおでん種専門店を訪れてもらいたい。

大清かまぼこ店の基本情報

大清かまぼこ店
〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-2-25
042-421-7990
定休日:日曜
営業時間:10:00~19:00
大清かまぼこ店のウェブサイト

佃忠蒲鉾店(向島)の基本情報

佃忠蒲鉾店
〒131-0033 東京都墨田区向島5-49-5
03-3614-2604
定休日:日
営業時間:9:30~19:30(夏季6月〜9月辺りは休業)
佃忠蒲鉾店(向島)のWebサイト(鳩の街商店街Webサイト)

佃忠かまぼこ店(田端)の基本情報

佃忠 田端銀座店(佃忠かまぼこ店)
〒114-0014 東京都北区田端3-8-6
03-3822-0973
定休日:火
営業時間:9:00〜19:30
佃忠かまぼこ店(田端)のWebサイト(田端銀座商店街のWebサイト)

大国屋(京島)の基本情報

大国屋
〒131-0046 東京都墨田区京島3-43-8
03-3611-5289
定休日:日曜、正月
営業時間:10:00~19:30

美好商店の基本情報

美好商店
〒135-0022 東京都江東区三好2-12-7
03-3641-2929
定休日:日曜、祭日
営業時間:10:00~18:00
美好商店のWebサイト

蒲重蒲鉾店の基本情報

蒲重蒲鉾店
〒166-0004 東京都杉並区阿佐谷南1-47-10
03-3311-3543
定休日:水曜
営業時間:9:00~19:30
蒲重蒲鉾店のウェブサイト(阿佐谷パールセンター)

増田屋蒲鉾店(京成小岩)の基本情報

増田屋蒲鉾店(京成小岩)
〒125-0053 東京都葛飾区鎌倉4-36-2
03-3658-9653
定休日:日曜、年末年始
営業時間:10:00~18:30
増田屋蒲鉾店(京成小岩)のWebサイト(かつしか商店街サイト)

増田屋かまぼこ店(綾瀬)の基本情報

増田屋かまぼこ店
〒120-0005 東京都足立区綾瀬5-12−9
定休日:日曜
営業時間:9:00~19:00

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