ミスター味っ子のおでん

今回は、すこし趣向を変えて漫画「ミスター味っ子」に登場したおでんを調理してみたいと思う。レシピやアイデアを探っていくと、さまざまな老舗のおでんをモチーフにしていることがわかる。

ミスター味っ子のおでん:ミスター味っ子15巻(週刊少年マガジンコミックス)

「ミスター味っ子」(寺沢大介著)は昭和61年(1986年)から4年間「週刊少年マガジン」で連載されたグルメ漫画だ。「美味しんぼ」や「クッキングパパ」、「ザ・シェフ」などと同時期に生まれ、グルメ対決漫画の金字塔を打ち立てた。

エンターテインメント性が高く、派手なリアクションや奇抜なレシピばかりに注目が集まるが、子どもたちに料理の魅力をわかりやすく伝えた功績は大きい。東京おでんだねの筆者も小学生当時、この作品でアルデンテや冬虫夏草、せんべい汁やむかごなどをはじめて知った。

ここ最近になって何気なく読み返してみたところ、おでんが主題の回を見つけた。平成元年(1989年)刊行の15巻に掲載されているのでアニメには未登場、派手さはなく現実的なレシピだったが、おでんの知識が豊富になった現在の筆者にとって興味深い内容だった。

ミスター味っ子のおでん:ミスター味っ子15巻(週刊少年マガジンコミックス)

物語のあらすじは以下となる。
病に倒れた日本一のおでん屋「伝政」の主人は後継者として半年で店を辞めた安二郎を抜擢するが、古株の職人たちは納得がいかず、職人たちが満足するおでんを作ることを条件とした。安二郎はすでに自分の店を持っているため継ぐつもりはないが、お世話になった主人のために自身の修行の成果を見てもらおうと陽一(ミスター味っ子の主人公)とともにその挑戦を受ける。

修行の成果を見てもらいたいのになぜ陽一に協力を仰ぐのかはさておいて、おでん種のレシピやアイデアはよく取材されている。これらは作者独自で考え出したものではなく、実際に存在するお店のものを参考にしていると思われる。

ミスター味っ子のおでん

前置きが長くなったが、今回はミスター味っ子のおでんの元ネタ検証と、東京のおでん種専門店のおでん種を使った再現を行ってみたいと思う。

味っ子のおでん:コロを使用した出汁

まず最初に検証するのは、おでんの味の基本となる出汁だ。陽一たちはさまざまな調査の結果、伝政の出汁にはコロを使っていると確信する。

鯨のコロ

コロは鯨の皮(皮下脂肪)を鯨油で揚げたもので、大阪や京都など関西における関東煮(かんとだき)の種として有名だ。弘化元年(1844年)から続く大阪の有名店「たこ梅」(大阪府大阪市中央区道頓堀1-1-8)などで味わうことができる。

京都府京都市東山区宮川筋:蛸長

筆者は京都に行った際に明治15年(1882年)創業の「蛸長(たこちょう)」という老舗店で味わった。少し癖のある濃厚な味だが、丸くコクがあり豊かな味わいを持つ逸品だ。

東京でコロを味わえるお店は「浅草おでん大多福」があり、関西から進出してきたおでんの老舗だ。陽一は東京出身なので伝政も東京の老舗であることは間違いないので、おそらくは大多福をはじめとした有名店のイメージを組み合わせたものなのだろう。

作中でのおでん汁の作り方は、鰹節と昆布で出汁をとって醤油と塩、みりんで味を整え、コロを米のとぎ汁につけて4、5日丹念に水を取り替えて油抜きをしたあとに汁に加えている。なお、コロは種類にもよるが、しっかり油抜きしないと癖が強すぎて食べづらい。作中と同様に水につける以外に、熱湯で茹でる方法も有効だ。

味っ子のおでん:すき焼き袋

次はおでん種の作成だ。作中の伝政における人気の種は福袋で、油揚げに数種類の具材を詰めたおでん種だった。安二郎と陽一はこれを上回る種を発明しようと創意工夫を凝らし、すき焼きの具材を油揚げに詰めたおでん種を考案する。

佃忠かまぼこ店(北区 田端)おでん種:すき焼袋

福袋とすき焼き袋、このアイデアは文京区本郷の「呑喜」(閉業、東京都文京区向丘1-20-6)から得たものだと思われる。呑喜は明治20年(1887年)の創業から約20年後、2代目の荒井常蔵さんが油揚げに銀杏やタケノコなど季節に合わせた7つの具材を入れた「七福神の福袋」を考案した。しかし、お店は東大近くにあったため、学生の趣向に合わせて牛肉と白滝、玉ねぎを組み合わせたすき焼き仕立ての「袋」に切り替えたという(参考:平凡社、菊池武顕著「あのメニューが生まれた店」P43)。

「呑喜」跡地(東京都文京区向丘1-20-6)
「呑喜」跡地(東京都文京区向丘1-20-6)。現在はタピオカ屋になっている

作中の福袋は鶏、さやえんどう、銀杏、白滝、三つ葉、生椎茸、蒲鉾となっており、すき焼袋は牛肉、白滝、長ネギ、椎茸、焼き豆腐となっている。多少異なるが、呑喜をモチーフにしたと断言していいだろう。

福袋は現在の東京のおでん種専門店には存在しないが、すき焼袋は佃忠(田端)で販売している。具材は牛肉と玉ねぎだけだが、とろけるような脂と玉ねぎの甘みが最高に「旨味」(寺沢先生の作品「喰いタン」の主人公、高野聖也の美味しいときの口癖)だ。

東京都文京区本駒込:小田原屋のすき焼き袋

なお、文京区白山にあるお惣菜屋「小田原屋」にもすき焼き袋がある。牛肉、白滝、椎茸、長ねぎ、うずら卵、うどんという贅沢な仕様で、おでん種ではなくお惣菜として楽しめる。小田原屋の人気商品で、こちらも非常に旨味だ。

味っ子のおでん:きつねうどん袋

次は陽一のアイデアで生み出したきつねうどん袋。油揚げに稲庭うどんを入れて、きつねうどんに見立てた変わり種だ。直接のネタとなるお店は見つけられなかったが、広島にある大正13年(1924年)創業の「権兵衛」(広島県広島市中区薬研堀1-23)には蕎麦を入れた巾着がある。

大国屋(墨田区 京島) おでん種:ふくろ詰め(うどん、豚肉入り)

東京のおでん種専門店では墨田区京島の大国屋(京島)に「ふくろ詰め(うどん、豚肉入り)」がある。豚肉から出た肉汁とボリューム満点のうどんが絡み合う、淡白ながらも満足度の高いおでん種だ。

稲庭うどん(佐藤養助商店)

しかし、大国屋(京島)のものは通常の讃岐うどんのような太さなので、完全に再現したいのであれば細くて平らな稲庭うどんを使うといいだろう。乾麺の場合は軽く茹でたあとに冷水にさらし、水気をとって袋状にした油揚げに入れて完成だ。

油揚げを袋状にする

油揚げの加工の仕方は「おでんのもち巾着の調理方法」という記事を参考にしてほしい。さらに、きつねうどんを強調するのなら長ネギや鰹節を加えてもいいだろう。

味っ子のおでん:イイダコとはんぺん

イイダコとはんぺんの組み合わせはミスター味っ子らしい奇抜なアイデアだ。はんぺんを座布団に見立て、その上にイイダコが座っている。

ミスター味っ子のおでん:イイダコとはんぺん

「こりこりとしたタコの歯触りがはんぺんにピッタリ」とのことだが、タコの煮過ぎを防ぐ効果もあるという。このネタは昭和24年(1949年)創業の有名店、仙台にある「おでん三吉」(宮城県仙台市青葉区一番町4-10-8)のものだろう。干瓢の鉢巻をつけたイイダコがはんぺんに乗っている様は作中と瓜ふたつだが、三吉の場合は爪楊枝をイイダコの頭から刺し、ミスター味っ子版ははんぺんの裏から刺している。

東京都江東区北砂 砂町銀座商店街:増英蒲鉾店

イイダコは豊島区池袋の佃忠(池袋)と江東区北砂にある増英蒲鉾店(冬季限定)で煮たものが販売されている。自作したい場合は韓国系のスーパーなどで冷凍のものを購入するといいだろう。

味っ子のおでん:芝エビをつなぎにした鰯つみれ

次に、鰯つみれだ。通常はつなぎに片栗粉や小麦粉、卵白を用いるが、作中では微かな甘味を出すために粘りの強い芝エビを使用している。

ミスター味っ子のおでん:芝エビを加えたいわしつみれ

芝エビはクルマエビ科ヨシエビ属の中型のエビで、かつて東京湾の芝沖で獲れたことからその名がついている。東京湾では埋立などによって獲れなくなったため、愛知県の三河湾や九州の有明湾などで漁獲されたものが国産品として普及している。

ミスター味っ子のおでん:芝エビ

イワシは手開きにして小骨を中心に包丁で叩き、塩を加えてフードプロセッサーで細かくする。次に殻を剥いた芝エビを包丁で軽く叩いておろし生姜と一緒にフードプロセッサーに加え、すり身にする。手に油や水をつけてすり身を団子状に成形したら、沸騰した鍋で数分茹でる。詳しい調理方法は「おでんの鰯つみれの調理方法」の記事を参考にしてもらいたい。

芝エビは粘りがあるといえども、通常の作り方に比べてすり身が柔らかくなってしまうので成形は丁寧に行いたい。味はイワシの風味を残しながら、わずかに漂う芝エビの甘みが心地よい。さらに臭みを消すのなら、生姜のほかに味噌を加えてもいいだろう。このレシピのネタは残念ながら見つけられなかったが、ミスター味っ子と同じ作者が描いた「将太の寿司」でも芝エビは何度も登場している。

東京のおでん種専門店のつみれ各種

自作するのが面倒であれば、おでん種専門店でつみれを購入するのもいいだろう。その場合、イワシ以外の魚を加えることが多いため購入する際には原材料を確認することをおすすめする。臭みを消したり味をふくよかにするために、マグロやホッケ、アジやイトヨリダイなどを加えている場合が多い。

味っ子のおでん:殻付き玉子

おでん種の定番である玉子にも味っ子は工夫をしている。剥き身の玉子は出汁が染みすぎて辛くなることが多いため、殻をつけたまま調理している。

ミスター味っ子のおでん:殻付き玉子

筆者は正直なところ、剥き身の玉子がしょっぱいと感じることはなかった。しかし、殻をつけたまま煮るとゆで卵のようなフレッシュな味わいを残せる。この手法は一般的には半熟玉子にするなど、茹で加減の調整のために用いられることが多いようだ。

茶葉蛋(紅茶や中国茶に殻ごと漬けたゆで卵)
茶葉蛋(紅茶や中国茶に殻ごと漬けたゆで卵)

アイデアの元ネタは不明だが、中国や台湾の茶葉蛋を連想させる。茶葉蛋は紅茶や中国茶に殻ごと漬けたゆで卵で、ほのかに茶葉や香辛料の香りが漂う料理だ。

殻付き玉子をつくる場合は、殻にサルモネラ菌が付着している場合があるのでよく洗っておく。次にゆで卵をつくる要領で沸騰した鍋に入れ、固茹でにする。冷水にさらしたら殻にひびを入れ、おでん鍋に投入すればいい。

味っ子のおでん:糠(ぬか)で下茹でした大根

大根の工夫は安二郎独自のアイデアとなっている。そのアイデアとは、煮込む(下茹でする)ときに糠(ぬか)を少々入れることだという。

ミスター味っ子のおでん:大根

糠を入れることで大根の青いツンとした匂いが消え、まろやかでふっくら煮えるという。しかし、この手法はごく一般的なもののように思える。平成初期の連載時において画期的な手法だったのか、それともおでんに活用されていない手法だったのか、推測することは難しい。

大根を下茹でする

ちなみに、糠を使わなくとも米そのものや研ぎ汁を加えてもかまわない。理由は米の澱粉が大根のジアスターゼと反応して糖となり、甘みを引き立てる効果があるためだ。

味っ子のおでん:昆布、ちくわ、じゃがいも

そのほかに登場したおでん種は昆布、ちくわ、じゃがいもだ。東京らしさを強調するならじゃがいもよりもちくわぶや魚のすじのほうが妥当な気がするが、じゃがいもも東京でそれなりに市民権を得ているので問題ない。作中では安二郎の目利きで吟味した以外、これといった工夫はしていなかった。

ミスター味っ子のおでん:焼きちくわ、結び昆布、じゃがいも

昆布とちくわ、じゃがいもは東京のおでん種専門店で手に入る。ちくわは青森の丸石沼田商店イゲタ沼田焼竹輪工場の牡丹ちくわがおすすめだ。昆布は「おでんの昆布の結び方」、じゃがいもは「おでんのじゃがいもの調理方法」の記事を参考にしてほしい。

味っ子のおでん:からしの工夫

おでんの味を一際高めるからしについても味っ子は工夫を重ねている。伝政のからしは鮮烈で刺激的な辛味を持っていたが、砂糖を少量加えていることを探り当てる。さらに和紙に火をつけて炙り、からしの入った器を真空状態にすることで強い芳香を引き出している。

ミスター味っ子のおでん:からしとマッチ

この手法のネタを見つけることはできなかったが、からしのアク抜き方法として和紙を使う手法を見つけた(麩市:地がらし)。からしを寝かせる際に和紙をかぶせ、熱湯を注いだ後に炭火を置いて寝かせるという。

和紙を燃やすのは危ないし、炭火も手に入れづらいので再現は難しい。しかし、粉からしを使うだけでじゅうぶんに芳香や辛味を得られる。チューブ状のものではなくチヨダやS&Bの粉がらしをぬるま湯でじっくり溶けば、香りも辛味も段違いの出来となる。詳細は「おでんのからしの美味しい食べ方」の記事をご覧いただきたい。

ミスター味っ子のおでん

以上がミスター味っ子のおでんの再現となるが、全国各地の老舗のおでん屋さんのアイデアが詰め込まれていて驚いた。週刊漫画の連載という時間との戦いのなかで、インターネットもない時代にこれほど細かな調査を行っているのは素晴らしい。これはひとえに、作者の寺沢先生はもちろん、アシスタントや編集の方々の努力の賜物だろう。現在に至るまで「食戟のソーマ」や「孤独のグルメ」「きのう何食べた?」など膨大な数のグルメ漫画が発表されているが、マニアックに元ネタを解き明かしていくのも面白いのではないかと思う。

佃忠かまぼこ店(田端)の基本情報

佃忠 田端銀座店(佃忠かまぼこ店)
〒114-0014 東京都北区田端3-8-6
03-3822-0973
定休日:火
営業時間:9:00〜19:30
佃忠かまぼこ店(田端)のWebサイト(田端銀座商店街のWebサイト)

大国屋(京島)の基本情報

大国屋
〒131-0046 東京都墨田区京島3-43-8
03-3611-5289
定休日:日曜、正月
営業時間:10:00~19:30

【2024年3月閉業】佃忠(池袋)の基本情報

佃忠
〒171-8569 東京都豊島区南池袋1-28-1
西武池袋本店地下1階:西武食品館「おかず市場」内
03-3981-0111
定休日:不定休
営業時間:10:00~21:00(月〜土)、10:00〜20:00(日・祝休日)
西武池袋本店地下1階フロアガイド

増英蒲鉾店の基本情報

増英蒲鉾店
〒136-0073 東京都江東区北砂4-9-9
03-3645-1802
定休日:月曜(10日の場合は翌火曜)
営業時間:11:00~18:00
増英蒲鉾店のWebサイト(砂町銀座のWebサイト)
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