夏の揚げ蒲鉾の需要喚起を考える

夏はおでん種専門店の閑散期だ。主力商品の揚げ蒲鉾はおでん以外にも楽しめるのに、なぜか夏は需要が落ち込んでしまう。今回は、夏季の揚げ蒲鉾の需要喚起について考えてみたいと思う。

夏の揚げ蒲鉾の需要喚起を考える

暑い時期はおでん種専門店の閑散期

現在でもじゅうぶん蒸し暑いが、梅雨が明けたら本格的な暑さがやってくる。おでんの需要は減り、おでん種専門店は閑散期に入る。各店の店主たちに話を聞くと「この時期に客数を伸ばせないかと試行錯誤しているが、主力商品の揚げ蒲鉾の売上を伸ばすのはなかなか難しい」と口を揃える。

「揚げかまぼこ」の1世帯当たりの月別支出金額(2015~2017 年平均) 総務省統計局:鍋物の具材の支出 - 家計調査結果より -
「揚げかまぼこ」の1世帯当たりの月別支出金額(2015~2017 年平均) 総務省統計局:鍋物の具材の支出 – 家計調査結果より –

総務省統計局がまとめた2015年から2017年平均における1世帯当たりの揚げ蒲鉾の月別支出金額(上図)を見てみると、気温が下がりはじめる9月から支出額が上昇し、12月にピークに達する。年を越すと次第に下がっていき、もっとも暑い8月が最低となる。

東京都世田谷区世田谷:や亀やのさつま揚げで作った冷やしうどん
世田谷駅前商店街:や亀やのさつま揚げで作った冷やしうどん

東京おでんだねサイトの検索数やアクセス数もほぼ同じ傾向だ。おでんは鍋料理だし、寒い時期に食べるイメージが定着しているため想像するのはたやすい。しかし、揚げ蒲鉾は必ずしもおでんにしなくてもよい食べものだ。前回記事「や亀や、夏のさつま揚げの楽しみ方」で紹介した冷やしうどんや、「揚げ蒲鉾の楽しみ方」記事のオーブントースターで温めてそのまま食べる方法でも美味しく食べられる。では、なぜ揚げ蒲鉾は暑い時期に需要が落ちるのだろうか。

理由はさまざまだが、やはり「揚げ蒲鉾=おでん」のイメージが強いことがいちばんに挙げられる。夏季の食べ方について大手各社や団体などでプロモーションを試みているようだが、数字を見るかぎりは浸透したとは言いがたい。

「揚げかまぼこ」の世帯主の年齢階級別1世帯当たりの年間支出金額(2015~2017年平均) 総務省統計局:鍋物の具材の支出 - 家計調査結果より -
「揚げかまぼこ」の世帯主の年齢階級別1世帯当たりの年間支出金額(2015~2017年平均) 総務省統計局:鍋物の具材の支出 – 家計調査結果より –

それならば、全体の需要を底上げすればいいものだが、若い世代のニーズが少なく先細り感が否めない。上の図は2015年から2017年平均における世帯主年齢層別の年間支出金額だ。39歳以下は70歳以上と比べると4分の1程度の支出額となっている(ちなみに東京おでんだねの筆者は70歳以上の20倍以上の年間支出額だ…)。

東京のおでん種各店の対策

さて、東京のおでん種専門店では閑散期となる夏場にどのような対策をとっているのだろうか。

東京都江東区北砂 砂町銀座商店街:増英蒲鉾店
砂町銀座商店街:増英蒲鉾店の揚げ物のお惣菜

まずはコストを抑える施策として夏季休業をとるお店が多い。また、揚げ蒲鉾の生産量を減らし、お惣菜の販売に力を入れるところもある。なかには3ヶ月ほど揚げ蒲鉾を扱わないお店も存在する。通年ではあるが、砂町銀座の増英蒲鉾店ではピリ辛ごぼうや味付イカリングなどを販売し、阿佐谷の蒲重蒲鉾店ではイワシの竜田揚げや穴子のごぼう巻きなど揚げ物を中心としたお惣菜を販売している。

東京都江戸川区南小岩 フラワーロード・JR小岩駅南口アーケード美観商店街:蒲清の小鯵唐揚げ
フラワーロード・JR小岩駅南口アーケード美観商店街:蒲清の小鯵唐揚げ

南小岩の蒲清では夏季限定で小アジの唐揚げを販売している。揚げ物は揚げ蒲鉾と同じ設備を利用できるので、多くのおでん種専門店で生産している。

東京都江東区三好 江戸資料館通り:美好商店のおでん種 おつまみ揚げ
江戸資料館通り:美好商店のおつまみ揚げ

練り物を使用した商品を販売しているお店も多い。深川の美好商店や田端の佃忠などでは定番のおつまみ揚げというひと口サイズの揚げ蒲鉾を複数セットで販売しており、いろいろな味を気軽に楽しめる。また、「〜ちぎり」という商品もあるが、これもひと口サイズの揚げ蒲鉾だ。

東京都世田谷区世田谷:や亀やのおでん種
世田谷駅前商店街:や亀やの春夏ラインナップ

世田谷のや亀やのように、秋冬と春夏で商品ラインナップを入れ替えるお店もある。いんげん、ごまみつば、しそみょうがなど季節限定の商品もあり、揚げ蒲鉾を食べることで風情を感じることができる。

東京都武蔵野市吉祥寺本町 吉祥寺ダイヤ街:塚田水産の吉祥寺揚げ
吉祥寺ダイヤ街:塚田水産の吉祥寺揚げ

また、魚のすり身を利用して揚げ蒲鉾以外の商品を開発するお店もある。有名なのが吉祥寺の塚田水産の「吉祥寺揚げ」だ。ネーミングのよさやテレビで取り上げられたことによって人気商品になった。魚のすり身に海老やホタテなどを加えてパン粉につけて揚げたもので、コロッケやメンチカツのように季節を問わず美味しくいただける。はんぺんと鶏肉を揚げた「はんぺんナゲット」という商品も期間限定で販売している。

戸越銀座の後藤蒲鉾店では、おでんの大根が入った「おでんコロッケ」を販売し、こちらも好評を博している。

東京都品川区戸越 戸越銀座商店街:後藤蒲鉾店
戸越銀座商店街:後藤蒲鉾店の飲食スペース

飲食スペースを設けて収益安定を図っているお店もある。麻布十番の福島屋、立石の丸忠かまぼこ店、荏原中延の蒲眞、戸越銀座の後藤蒲鉾店などだ。空調のきいた快適な店内、おでん以外の料理、ビールや日本酒などの酒類が揃っており、閑散期となる夏季でも対応しやすい。ただし、現在は外出や営業自粛などの影響を受けるため、新規参入する際には課題が多い。

鈴廣の冷やしおでん
鈴廣の冷やしおでん

大手メーカーは健康志向の商品を開発したり、ジュレ仕立ての冷やしおでんを開発したりと試行錯誤を繰り返している。しかし、紹介したどの施策も消費者側に「夏といえば揚げ蒲鉾」といった強固なイメージを確立できていないため、打ち手としては単発の域を出ていない。土用の丑のうなぎ、ビールに枝豆、冷奴などと同じように、夏のイメージを頭に浮かべることができれば最高だ。

そういう意味では、笹かまぼこや板わさなどは夏の食べものとして定着している気がする。揚げ蒲鉾も同じようなイメージの想起ができれば需要に結びつくかもしれない。

夏の情緒を織り交ぜたストーリーづくり

これまでにも多くのアイデアが生まれ、試行錯誤を繰り返してきた夏の揚げ蒲鉾の需要喚起。商品開発が主だったものだが、商品そのものの味や質、奇抜さや話題性などに重きをおいたものが多いように感じられた。それらは消費者に認知されるために非常に重要な要素ではあるが、揚げ蒲鉾全体の需要喚起でいえば足りない要素がある気がする。

ひとつ思い浮かぶのが「情緒」だ。食のまわりには必ず情緒が寄り添っていて、人は味とともにその雰囲気を味わっている。いわゆる食文化というもので、揚げ蒲鉾という大きなカテゴリーを広めるには文化を変えるくらいのスケール感が必要なのだと思う。美味しい、便利、手に入りやすいといった機能的な価値だけでなく、「情緒=夏だからこそ味わえる体験」価値を提供し、消費者の共感を得る必要があると思う。

書籍「四季を味わう かまぼこのある暮らし」(2018年、発行:鈴廣蒲鉾本社、発売:世界文化社)

小田原の鈴廣は「かまぼこのある暮らし」をテーマに書籍「四季を味わう かまぼこのある暮らし」(2018年、発行:鈴廣蒲鉾本社、発売:世界文化社)を作ったり、Instagramで投稿を促すなど季節の情緒を喚起させるマーケティングを行っている。現在はSNSなどWebメディアを利用しやすく、接客時でも演出できるため、大手メーカーだけでなく小規模のおでん種専門店でもこのアプローチを活用できるのではないだろうか。

夏の揚げ蒲鉾の需要喚起を考える

たとえば、夏の揚げ蒲鉾のレシピのみを紹介するのではなく、どのような状況で誰と食べてもらいたいか、自分自身の思い出も重ね合わせながらシーンをいくつか想像していく。お盆の帰省、親子の夕涼み、夏休みの昼ごはん、日暮れの商店街での買い物など、情感たっぷりに詳細に思い浮かべてみる。

次にそれらのシーンをビジュアルや文章で表現していく。食器や風景などは、店主自慢の揚げ蒲鉾と同等のこだわりをもって選定するといいが、表現技術よりも思い入れを大切にすればいい。さらに、揚げ蒲鉾づくりに対するこだわりも丁寧に紹介していく。これらの提供側のシーンを紡いでストーリーができあがったら、次は消費者側のコンテキスト(文脈)づくりにシフトしていく。

マーケティングの世界では「ナラティブ」などと言われるが、提供者目線のストーリーだけではなく、消費者目線の「自分語り」を促していく。彼らが夏の暑い時期、揚げ蒲鉾をどのように味わっているか、そこにどんな情緒を感じているのかを語ってもらい、彼らの生活や人生というストーリーにお店や商品を加えてもらう。

ソノモノで購入した小鹿田焼

東京おでんだねも筆者独自の目線で自分語りを行っている。おでん種専門店で幼少期の思い出に邂逅(かいこう)した話、お店で出会った店主の人柄やはじめて訪れた商店街の魅力、お気に入りの小鹿田焼と合わせて楽しむおでん種の話など、筆者の自分語りに共感してお店に足を運んでくれる読者も少なくない。

夏の揚げ蒲鉾の需要喚起を考える

多くの人々に影響を与えるインフルエンサーが語ってくれれば伝播の効果は絶大だが、それよりもお店や商品の価値に対して共感してくれる人と結びつき、一緒に育てていくことのほうがもっと大切だ。

全国の人々のイメージを覆すことはないだろうが、地元周辺の若い世代の心を掴むことができる一助にはなるだろう。なにより、おでん種専門店に必要なのは全国の人々ではなく、地元の人に頻繁に足を運んでもらうことである。

これらは主にマーケティングやプロモーションの話だが、消費者が体験する情緒を思い描きながら、商品開発を行うことだって可能だ。

このほかにも夏の需要喚起にはさまざまな施策が必要であり、具体的な提案ができなくて恐縮だが、今後も東京おでんだねではアイデアを考えていきたいと思う。また、よいアイデアを思いついた方はお問い合わせページよりお知らせいただきたい。夏の需要が喚起され、おでん種専門店が元気に営業を続けてもらえたら、冬場も美味しいおでんがいつまでも食べられるに違いない。

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