おでん種専門店の包装紙やビニール袋には、日本の伝統的な文様が描かれた味わい深いものが多い。また、それぞれのお店の事情や歴史を垣間見ることができて興味深い。今回は、東京のおでん種専門店の包装デザインについて紹介したい。
お店の情報が満載の包装デザイン
おでん種専門店でおでん種を購入すると、通常はビニール袋にパッキングして手渡される。ほとんどは無地のものだが、柳屋蒲鉾店(下写真)のように柄が入っているものもある。
伝統的な絵柄でありながら、どこかユーモラスで可愛らしいデザインが魅力的だ。おでん種専門店は蒲鉾屋であるため、魚や波など海をモチーフにしたデザインが多い。印刷された文章を読んでいくと「品物が温かいときはすぐ口を切ること」や「調理をせずこのままでも安心して食べられること」、「厚生大臣賞を受賞したこと」など非常に情報量が多くて興味深い。店名も「柳」ではなく旧字の「桺」が用いられている。
堀ノ内の丸佐(〇佐、まるさ)かまぼこ店のビニール袋(上写真左)も面白い。両端に施された魚のデザインが可愛らしい。丸佐かまぼこ店の店主は高知出身だが、「当店独特関西式製造」と書かれている。このあたりのいきさつを伺ってみるのも面白そうだ。
都内で4店舗ある佃忠のビニール袋は漁船のような船があしらわれている。佃忠は店主3兄弟+長男の息子さんが暖簾分けで亀有店、向島店、田端店、西武池袋本店をそれぞれ経営しているが、西武池袋本店のお店だけ記載されていない。西武池袋本店の佃忠は2010年開業なので、おそらく2010年以前の印刷原版なのだろう。なお、最新のビニール袋では各店の名前と電話番号が掲載されていない。
日本橋の老舗、神茂のビニール袋は「日本橋」と「神茂」の印の文字がかっこいい。丁寧に詰められたおでん種の並びに注目。
伝統的な絵柄が美しい包装紙
ビニール袋に入れられたおでん種は、より大きなビニール袋か包装紙にまとめられて手渡される。包装紙は折詰に使われる前提のため伝統的な絵柄のものが多く、惚れ惚れするほど美しい。
上写真は東池袋の栄屋蒲鉾店の折詰。おでん種の折詰はお中元やお歳暮などに利用されることが多い。お気に入りのおでん種専門店があれば、折詰にして知り合いに贈ってみるといいだろう。
前述の佃忠の包装紙は、船のほかに敷き詰められた鯛が印象的だ。末広がりで縁起の良い青海波(せいがいは)の模様がワンポイントで添えられているところが粋。
小岩の蒲清の包装紙も美しい。こちらは波を避ける2羽の千鳥(ちどり)柄。この柄は夫婦円満や家内安全、豊かさをあらわすそうだ。力強い書体も素晴らしい。今はなき「深川常盤町」のお店の名前も確認できる。
神茂の包装紙は繊細な唐草模様が美しい。3枚の笹、緑色のインク色と相まって、とてもみずみずしい印象だ。
個性が際立つ手提げのビニール袋や紙袋
自宅用のおでん種を購入する場合は、包装紙の代わりに手提げのビニール袋や紙袋に入れてくれる。
北砂の増英蒲鉾店のビニール袋(上写真左)はおでん屋さんの暖簾がモチーフで、庶民的で親しみやすいデザインだ。東向島の八幡屋(上写真右)は紙袋を使用している。白背景に力強く描かれた美しい書体で、老舗の風格が漂う。
東京都蒲鉾水産加工業協同組合、通称東かまに加盟しているお店では、東かまのビニール袋を使用していることがある。「手づくりの味」の文字に、加盟店の職人の矜持(きょうじ)を感じることができる。麻布十番の福島屋のビニール袋はスタンダードなデザインだが「創業大正十年」の文字に長い歴史を感じることができる。
すでに閉店してしまったお店の包装袋は2度と手に入らないので非常に貴重だ。2019年4月に閉業した松陰神社前のおがわ屋の紙袋に記載された「世田谷みやげ」は、もやし入りかきあげが選定されていた関係からだろう。東池袋の栄屋蒲鉾店も2020年3月で閉業となってしまった。ひと味もふた味も違う素晴らしいおでん種を提供する名店だった。電話番号の上4桁の間隔が狭いのは、おそらく平成3年(1991年)に桁数が増加したことに由来するのだろう。つまりこのデザインは30年以上前から使われていたということだ。
持ち帰りのおでん専門店、人形町の美奈福のビニール袋はお店の看板にも使われている恵比寿と大黒天が印刷されている。電話番号の下4桁が「ミナフク」で、店名とお揃いだ。
小分けされた商品の包装
揚げ蒲鉾以外のおでん種となる、はんぺんやすじ、つみれなどはひとつずつビニール袋に小分けされている場合があり、そこには商品名やお店の名前が印刷されていることがある。
小さいながらも2色インクを使っていたり、絵柄が入っていたりとなかなか手が込んでいて興味深い。店名が記載されているので、別のおでん種やさんから仕入れている場合でもわかりやすい。
大国屋(京島)のはんぺん(上写真左)は、富をもたらす象徴の小槌(こづち)が描かれている。このはんぺんは京島店の店主の弟さんが経営する大国屋(柴又)でも販売されている。
九州屋蒲鉾店のはんぺん(上写真右)は船と波、2羽の千鳥が描かれている。小さいながらも見どころの多いデザインだ。このはんぺんは、えびすや蒲鉾店(蓮根)でも販売している。かつてえびすや蒲鉾店の店主が九州屋蒲鉾店で働いていた縁があるためと思われる。
上写真は2019年末に閉業した幡ヶ谷の大国屋のつみ入とすじのビニール袋。よくみると店名が「大国屋」と「大黒屋」で異なっている。正式名は「大国屋」なので、おそらく誤記なのだろう。こういった誤りがあっても使用し続けるというおおらかさに親しみを覚える。
糀谷の愛川屋蒲鉾店の下ゆで大根は鯛の絵柄が素晴らしい。笹塚店のものと似ているが、経営者は異なれど暖簾分けの影響があるのだろうか。
おでん種専門店の包装なんて、持ち帰ったらすぐに不要になってしまう代物だ。しかし、ご覧いただいたようにそれぞれ個性があって、さまざまな情報を私たちに教えてくれる。絵柄の意味やお店の歴史、味のこだわりまで、捨てる前にすこし眺めてみると面白いと思う。